東京国際フォーラムCにて、「テイクフライト」を観て参りました。


題材と、「太平洋序曲」のワイドマン作&宮本亜門演出、に惹かれて取ったチケットでしたが。

ライト兄弟の池田成志&橋本じゅんが、最っ高に素晴らしかった!

1幕の飄々とした語り口、ものすごく真面目に「飛行機」に取り組んでいるのに、どこかおかしさが抜けない二人。

なのに。

そんな飄々とした二人が、2幕に入って苦しみ始める…

思い悩む弟・ウィルバー(池田成志)がメインで歌うナンバー「何してんだろう?」。
単純な、繰り返しのメロディ。
「でも、間違い!」と叫ぶシンコペーション。

あれをやってみた。
…でも駄目だった。
これもやってみた。
…やっぱり駄目だった。
今度はそっちを試してみよう。
…それでもまだ駄目だった。

そんな虚しい繰り返し。

じゃあ、あれをやってみるか?

……もう、何をしても無駄じゃないのか?

世界中の研究者たちが誰も飛べないのに、何故自分たちが飛べると思うんだ?

「空を飛びたい」という、子供のような夢を追いかけている最中に、そんな“つまんない大人”みたいなことを考えてしまったら、

夢はどこかへ消えてしまう。夢を追って走り続けてきた情熱ごと。



ウィルバーの迷い。
オーヴィルの戸惑い。

♪ああ、飛べると信じていたのに

二人は飛行実験を繰り返していたキティホークの砂丘を離れ、オハイオの家に戻る。

♪もう胸の火が消えていく/あんなに夢中だったのに

…このへんで泣きました。私は。


♪夜明け前/道は見えない/夜明け前/闇は深い


前人未踏の、「飛翔」という夢を追う人々。

他にも同じ夢を追っている人がたくさんいることを知っている。
でも、誰ひとり成功しない。
それは何故だ?
なぜ自分が成功できるなんて思えるんだ?

夜明け前の、深い闇。


朝日はすぐそこにあるのに、
東の空はすでに白みはじめているのに、


西の空は真っ暗で、星も見えない…





ちなみに。
この作品の主役は、ライト兄弟ではありません。

香盤で言うなら、アメリア・エアハート(レディ・リンドバーグ)の天海祐希が主演。
チャールズ・リンドバーグの城田優が2番手。

次が、ライト兄弟のお二人で、
アメリアの夫・ジョージ・パットナムの宮川浩さんがいて、
止めが、オットー・リリエンタールのラサール石井氏。

そんな構成でした。

しかし豪華キャストだったなー!
ミュージカル界では今拓哉、坂元健児、治田敦、花山佳子、杉村理加…このあたりはメインキャスト経験豊富なメンバーだし、宝塚OGは天海さんと華城季帆ちゃん、ミュージカル畑外からは小市慢太郎が参加。

さすが宮本亜門、か?(^ ^)。



物語は、3本の物語のエピソードを組み合わせる形で進んでいきます。
語り手はオットー・リリエンタール。

一つ目の物語は、最初にライト兄弟のエピソード。
リリエンタールの航空理論を元に、キティホークの砂丘で飛行実験を繰り返す自転車屋。
夢を見る力と、夢を追い続ける気力を与えられた、希有な仲良し兄弟、という設定でした。


二つ目が、1927年にNY〜パリ間無給油飛行を成し遂げたチャールズ・リンドバーグのエピソード。

無着陸で大西洋を横断するために、副操縦士無しの単独飛行を計画。限界まで機体を軽くし、30時間を超える長時間飛行を一人で飛んだ、超人。

機体を軽くした分、スピードも出るはず。なんとか限界を超える前にパリに到達できるはず、と、
それが、彼の理論。
体力と気力の限界に挑戦し、自分自身と闘いつづけた33時間30分。
その、純粋に夢を追いかける力と信念の持ち主。


城田くん、私は初めてでしたが、歌えるんですねぇ〜〜!
正直、あまり期待していなかったので(^ ^;ゞとても嬉しかったです。あの美貌、スタイル、素直な演技力に歌の力。
これからもどんどん経験を積んで、いい役者になってくれることを期待しています!



3つめ物語は、アメリア・エアハートのエピソード。
リンドバーグの歴史的飛行の翌年、彼の成功物語に味をしめた出版社・パットナム社のジョージは、経験豊富な女性パイロット・アメリアに、女性初の大西洋横断飛行の誘いをかける。

彼の思惑どおり、まんまとスターダムにのしあがり、「レディ・リンドバーグ」と呼ばれたアメリアは、しかし彼の思い通りには動かない。
私はリンドバーグの2番煎じじゃない!私一人で、ちゃんと大西洋を渡ることができるはず!

彼女の強い思いに引きずられて、パットナムは彼女の夢に協力する。良き伴侶として。
夫ジョージの協力を得たアメリアは、1932年の大西洋横断を皮切りに、次々と長距離無着陸飛行に成功。向かうところ敵なしのスターとなっていく…

そして。


彼女が空を飛ぶたびに、不安に苛まれる夫・ジョージを、宮川さんが実に見事に演じきってくださいました。

ウザいくらいうるさくて、やかましくて、
でも、誰よりもアメリアの夢を理解しているから止められなくて。
帰ってきてくれるのか不安で、
飛んでほしくない、飛ばせたくない、

あの機体だって、この俺がいなければ彼女の手には入らないのに!

この俺が、彼女に夢を追う力を与えているんだ、という誇り。
この俺が、彼女に自殺の道具を与えているんだ、という不安。

その誇りと不安に引き裂かれた「中年男」っぷりがまたハマッていて、とても素晴らしかったんです。

一幕の、格好良くて、男前で、エネルギッシュな彼と、

アメリアにメロメロに惚れていて、彼女を喪いたくなくて、喪わずにいるためにどうしていいのかわからなくて、とにかくボロボロな2幕のジョージと。


アメリアは、「最後の我が侭」とラスト・フライトに世界一周旅行を望み、

ジョージは溜息をついてそれを叶える。
愛しているから、止められない。



リンドバーグは33時間の旅を乗り越え、眼下に灯りを見いだす。
ほとんどヤクでもやっているかのような、朦朧とした意識の中で。



世界の果てで、リリエンタールがアメリアを見守っている。

♪“壮絶な最期”じゃない/そう!やったんだ!やり遂げたんだ!



世界の果てで、アメリアがリンドバーグに囁きかける。

♪お願い…降りないで/自由に舞うこの空こそ 栄光の場所/ゴールはあなたが決めればいいのよ

そして。

♪心が描いた/本当の私がいる

だから、

♪誰もできない/冒険に挑む/Take Heart/Take Wing/Take Flight…



夢。
叶いそうにない、夢。

夢を追う人。
夢を追う人を、見守る人。

そして、夢を求める“大衆”。

それぞれの人が、それぞれの立場で、
精一杯追い続けた、夢。

「空を飛びたい」

夢を追うために犠牲にしたものを、冷酷なまでに的確に指し示しつつ、それでも追わずにはいられない、“夢”というもの。

そんな、痛くて苦しい“夢”の詰まった、新作ミュージカル。


おもしろかった、とか、たのしかった、とか、
そんな一言では終わらせられません。

冗長なところもあったし、つまんないと思った場面もありました、というのが正直なところ。

でも。

観て良かった。

素直に、そう思えた作品でした。


.
文京シビックホールで行われた「TANA-GALA〜タナボタ企画 スペシャル・ガラ・コンサート」の続き♪

2幕はヨーロッパ系、というかロンドン&ウィーンミュージカル特集。



幕開きは、サンセット・ブールバードのインストゥルメンタル。
ニューシティ管弦楽団、さすがにすげーーや。いい音でした♪


恵理さんの「アルゼンチンよ泣かないで」は、会場を包みこむように美しく、


樹里ちゃん&山崎くんの「世界が終わる夜のように」は、熱く、激しく。

樹里ちゃんがエビータやって、公演でもキムを演じた恵理さんがこっちでも良かったのにな〜、とも思いましたが…樹里ちゃんのキムも予想外に良かったし、次のファントムメドレーにも恵理さんは必要だし…ま、いろいろ考えての選曲なんでしょうね。
うん。樹里ちゃんのキム、観たくなりましたよ、確かに☆



ファントムメドレーは、
「オペラ座の怪人」をアキラさん&小鼓音ちゃん、
「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」を岡さん、
「ポイント・オブ・ノーリターン」を石井さん&恵理さん、という組み合わせ。

小鼓音ちゃんの軽々としたハイEとか、もうゾクゾクするほど美しかった!
ああ〜、本公演も観たかったなあ〜〜〜(私が四季を見始めた時には退団されていたんです泣)。

いつも必ずタナボタ的遊びが入る作品群の一つですが、今回は特に無しで…比較的マジメに歌ってました。アキラさんが手で半面隠して出てくるだけで笑いが起きるのはご愛敬(笑)。

そういえば今回の公演、全体的にお遊びは少なかったですね。やっぱり記念事業だから…?(^ ^;ゞ。遊ぶ時(DreamGirlsとか)は徹底的に、って感じでしたけど。



次は「ミー&マイガール」の「Leaning on a Lamppost」。2幕、街灯の下でビルがサリーを想うナンバーですが。
…アキラさんでした(笑)。いや、笑うナンバーじゃないんですけど(^ ^;ゞ。素敵でしたよ間違いなく。いやでも(^ ^)。



次は、待ちに待ったドリームキャスト。
あちこちのブログ様でも大評判の、

「闇がひろがる」by石井(Tod)&岡(Rudolf)。

昨年のコンサートに行けなかった身には、本当に切望の一曲でした(はぁと)。

正直、聴く前はトートとルドルフ逆なんじゃ?とか思っていたのですが…
うん、確かに石井さんより岡さんの方がルドルフ向きだ。それに、岡さんより石井さんの方が声に包容力があるので、また違うトート像を見せてくださいました。

「エリザベート」からは、残念ながらこの一曲のみ。
いやー、本当に残念で残念で(泣)。
「私だけに」も「夜のボート」も、それに「キッチュ!」だって、タレントは居るんだから聴きたかったのに………(涙)。
石井トート、岡ルドルフに小鼓音エリザベート、そして樹里ルキーニ(これも本当に絶品)で、通して上演してほしいよ〜☆(切望)



客席のざわめきが収まらないうちに、ちょっとポップな前奏が入って。
「ヨセフの〜」から、「Any Dream will Do」。
山崎くんでした。いやあ、爽やかだったなあ。見た目も、声も。一服の清涼剤のようでした。



次は小鼓音ちゃん。「ウーマン・イン・ホワイト」より、「すべてローラに」。
つい先日笹本玲奈ちゃんの絶唱を聴いたばかり。
芝居として1時間以上観てきて、その上で聴く、血を吐くような思いの強さ、「あたしのすべてはローラのため!」というサクリファイス。
マゾヒズムとは違う、あまりにも純粋な、
…ただひたすらに、ローラの幸せを祈るサクリファイス。

そんな強く重たい感情は、さすがにこの一曲だけで表現することはできないのですけれども。
小鼓音ちゃんのマリアンを観てみたい、と。
小鼓音ちゃんならどんなふうに演じるだろうか、と。

たった一曲だけど、十分に重たいほどの愛情と苦しみを表現しきった小鼓音ちゃんの「芝居」を、久しぶりに見てみたいなーと思いました…。



次が「アンセム」。もちろん、岡幸二郎です。
最近、戸井勝海さんが何回か続けて歌ってくれたので、ついそっちに慣れてしまいつつあったのですが……

やはり、この歌を持ち歌にして、というか、事実上この歌を日本のミュージカル界に紹介したのは岡さんだよね、とか思い出しました(^ ^)。

なんというか。
…渾身の。

あの岡幸二郎が、本当に精魂こめて歌っている
長身の、頭の天辺から足のつま先まで、びんびんに震わせて、まさに、全身に共鳴させて声が爆発してくる。

オーケストラのフォルティシモにも負けない声。
全身が楽器、という、アタリマエのことに驚きながら、声のシャワーに身体を預ける……。


戸井さん(や、他の歌い手)と比べてどうこう、って話じゃないんですよ。
岡さんの「アンセム」は、シャワーなんです。頭からひっかぶるしか、ない。そういうものだから。

戸井さんの「アンセム」は、一本の芝居でした。抑揚の振り幅の大きい、叫びと祈りが混在して、とても複雑な感情を惹き起こす。

でも。
岡さんの「アンセム」は、ただただ無情に降り頻り、心に降り積もる、そういうモノで。

天の声。

そういうものがあるんだなあ、と、久しぶりに思った一曲でした。
…オケが良かったのも大きいかな?(^ ^;



次は石井さんの「彼を帰して」
これ、「Nothin’…」的にはアキラさんの持ち歌なので、「あれっ?」とか思ったことを正直に告白します。

石井さんのバルジャンは、現バルジャン4人の中では一番好きかも、なので、久しぶりに聴けて満足!
でも、やっぱり石井さんのバルジャンは3時間の芝居が最高に良いので、この一曲だけだとちょっと物足りないなーーーー(我侭)。



ラストは勿論、「One Day More」。
マリウスは山崎くん一人で、石井さんはバルジャンに専念。岡さんは勿論二役、林さんはテナルディエ。
女性陣はもちろん恵理エポ、小鼓音コゼ、樹里マダムテナルディエ。


タナボタの「One Day More」を観るたび、一番のツボは、岡さんのアンジョルラス→ジャベールの早替わりなんですよね。

間は1小節かそこらしかないのに、一瞬で表情から声から全部ガラっと変わる。
決して演技派ではない人ですが、その分、役になりきっての雰囲気づくりはさすがだなあと思います。



そして、樹里ちゃん。
今回のメンバーの中で、一番「レ・ミゼ」に、そしてシェーンベルク作品そのものに関係の無い経歴の持ち主ですが。

テナルディエ夫人。

似合うだろうなあ、とは思っていましたが。
予想以上でした☆歌唱力も演技力も、素晴らしい!!
次回
次回のレ・ミゼ上演の際には、考えてみてほしいなあ、と思いました〜♪



タナボタって、私は10年以上前の下北沢での「真説・ロミオとジュリエット」以来のファンなのですが…

なんと言っても忘れられない名場面「レ・ミゼ・ちゃんちゃかちゃん」とか、たくさんの伝説に彩られたタナボタ企画。
でも。伝説は多かれども、元々抜群の歌唱力を持ったお二人が中心になって、歌唱力とキャラクターの両方を兼ね備えた人たちによって続いてきた、ミュージカル界の至宝(…ちょっと言い過ぎ?)、タナボタ企画。

今回。
何があったのか知りませんが、
こんな公的機関に認められて、
こんなオーケストラをバックに公演を打つ日が来ようとは、

まったく予想外でしたが……

公演の成功、おめでとうございます。
そして、文京区にお住まいのみなさまの、ご健康とご多幸をお祈り申し上げます…。




文京シビックセンターに、「TANA-GALA〜タナボタ企画 スペシャル・ガラ・コンサート」を観に行って参りました。

いやはや、すっげー楽しかったです♪♪
たぶん、あの楽しさは言葉では表しきれないと思いますが、ちょっとだけおすそわけ♪

えーっと。ナニから書こうかな。
そもそもこの企画は、「文京区区制60周年記念事業」の一環なんだそうです。

記念事業でよりによってタナボタを使おうだなんて、なんて剛毅な区なんでしょう。ぜひこんな区に住んでみたいと思いました、はい。



出演者:
メンバー:林アキラ、岡幸二郎
いつものゲスト:伊東恵里・吉岡小鼓音
ゲスト:石井一孝、山崎育三郎、樹里咲穂

ちなみに、演奏は東京ニューシティ管弦楽団でした。すっげー!!さすが区制60周年記念事業。
まぁ、メンバー&ゲスト全員がオケに負けない歌唱力の持ち主なので、聴き応えありましたね〜〜♪久々に感動しましたってば。


第一部「文京区ゆかりの作家による唱歌」

前半はメンバー&いつものゲストの4人で、「この道」などなどの日本の唱歌を歌ってくれました。

彼らのこういう歌ってなかなか聴く機会がないので、面白い企画でした!
あのメンバーは、っていうか、歌手っていうのはこういう歌も素晴らしいんですねぇ…(←当然)。CD出してほしい、と、久しぶりに切実に思いました。はい。


っていうか、ど平日のみ2日間、っていう公演期間をなんとかしてくれ〜!!お願い。もう一回観たかったよ〜〜。
(いくら剛毅な文京区でも、これ以上は………ってこと?/諦)


それにしても、本当に剛毅だな文京区。
「小さい岡小さい岡小さい岡出てきた♪」って聞こえたよ?
いいのか?いいのか?…ホントウに?

あ、それから。
タナボタを語る時は外せない、“お衣装”。
和柄を使った、あるいは和服生地のジャケットを、さりげなく着ていた岡さん&アキラさんに脱帽…。友人は「岡さんのパンツも和柄の刺繍(?)がっ!」と興奮していたけど、私は気がつきませんでした(涙)。



第2部(っていうか一幕後半)「Brodway Musicals」

タナボタ企画が毎年のように公演している「Nothin’ But Musicals!」のスペシャル版その1。

Nothin’…にしては、割とメジャーな曲が多かったのは、やっぱり剛毅な文京区に敬意を表した…のかな?(笑)


客席スタートの「42nd Street」で場面を切り替えて、
小鼓音ちゃんの「My Fair Lady」、
山崎くんの「Lion King」、
石井さんの「回転木馬」、
岡さんの「ラ・カージュ・オ・フォール」、、、

……たてつづけに、どれも素晴らしかったです。いやマジで。
オケも良かったし。ああ、帝劇オケも宝塚オケもあのくらい………(←無理)


ちなみに。
岡さんが歌った「ラ・カージュ・オ・フォール」は、彼の持ち歌(?)ともいうべき「I’m What I AM」ではなく、ジョルジュがアルバンに捧げる究極のラヴ・ソング「砂に刻む歌」でした。
すっげー良かったです。いやコレも本当に。

考えてみれば、ラ・カージュ・オ・フォールもずいぶん長いこと上演されていないんですよねー。

市村正親さんがアルバンを卒業されたら、最有力の後継者、と(私が勝手に)思っていた岡さんですが、
……もしかしたら、石井さんのアルバン+岡さんのジョルジュ、っていう方がハマリなのかなあ……なーんて思っちゃいました。(岡さんのアルバンだと、対抗するジョルジュがいないなーとずっと思っていたんですよね)

とりあえず、上演希望をここに書いておきます♪♪
役者が誰であれ、良い作品は上演してほしいので。


続いてアキラさんが「カンパニー」の「Being Alive」。
これも持ち歌ですね♪

樹里ちゃんは「キャバレー」。
いやあ〜、これもヒットでした。樹里ちゃん、案外と「キャバレー」の退廃的な雰囲気が出せてたと思います♪♪(←贔屓目?)
「キャバレー」に出演してほしいかどうかは置いといて、こういう形でコンサートとかでは歌い続けてほしいです★
細い肢体に衣装もよくお似合いでした♪岡さんありがとう♪♪

恵里さんは「Sound Of Music」。
いやー、透明な声は健在、というか、さらに磨き抜かれちゃってすでにこの世の声とも思えません…。
ううう、もっともっと歌ってほしいよ〜〜(T T)。

で。
一幕のラストは、何を持ってくるかなー?と思っていたら………

「ドリームガールズ」より、「One Night Only」。
もちろん、男4人のドレス、で。(←これがないとタナボタじゃない)

……岡さんの麗しさとか、アキラさんの可愛らしさとか、石井さんのソテキさとかはよーーーく知っていたつもりでしたが。

度肝を抜かれたのは、山崎育三郎くんの美しさ。
普通に美人だし。女優だし。細くて綺麗でめっちゃスタイル良い!マーメイドドレスが良く映えて、洒落になってなかったですアレは。

まぁね、予想通りっちゃ予想どおりなんですけどね…。一人だけ若いし。
でもでも。ホント綺麗だったー。ブロマイドほしいです(笑)。

いや、あの、このままコメントを忘れそうですが。
歌は本当にさすがでした。4人とも。はい。どんなにウツクしくなっても本業は忘れないプロ意識、素晴らしい〜〜!(←え"?)



休憩を挟んで、第3部(2幕)は、「European Musicals」

……長くなったので、いったん切ります。



DIAMOND☆DOGS「TANGO 2007 RHAPSODY in AUTUMN」の、つづき。



今日は、本当は花組新人公演を観てきたのですが♪♪、
ちょっと言葉にまとまるのに時間がかかりそうなので、またいずれ…。

あ、でも、今のうちに一言だけ。
すみ花、由舞、きらり…百花繚乱の“花組の娘役さんたち”を観ながら。花娘さんの可愛いらしさ、というのは、それ自体が個性なんだなあ、と思いました。
月娘たちの「個性的な気っ風の良さ」とは少し違う、嫋かなのに芯の強い存在の在り方というのが美しいなあ、と。

上級生になると個人個人の個性が強くなってくるんですけど、新公学年くらいだと、組による違い、というのが大きいんでしょうかねぇ。

…贔屓組だと“個人”を観てしまうので「全体像」に気づきにくいのですが、たま〜に観る組だと全体しか見ないので、つい傾向値で論じたくなってしまいますね〜。
お気に障ったようでしたらすみませんm(_ _)m。





で、本題。『DIAMOND☆DOGS』つづき。


子供たちが総出で盛り上げたところに、メンバー登場。

ああ、かっこいいなあ〜!
マジでかっこいい(*^ ^*)



去年の「TANGO 2006 FASHION in SUMMER」の時。
今だから正直に言いますけど、

……あれってタンゴ?いや、確かに物凄く格好良かったけどさ…?
というのが、初見での感想でございました(汗)。



元々、「エリザベート」で“東山くんのダンス凄いなー”、と思って、大好きで、『DIAMOND☆DOGS』も一度は観に行きたいと思いつつ、果たせないままに数年が過ぎていたのです。

だから、樹里ちゃんと共演するって聞いた時は滅茶苦茶嬉しくて、楽しみで楽しみで仕方なくって、一人で盛り上がっていたんですけど。

…だけど。

私の「タンゴ」に対する先入観というのもあったのかな、と。
「タンゴ」といえば、男と女がホールドして腰をぴったり合わせ、互いに脚を絡ませつつ踊るもの、という、勝手なイメージが染みついていて…

あと、会場もあまり良くなかったんですよ、確か。割とフラットな劇場で、私の前にかなり大柄な男性が座っていたので舞台の上手半分まるっと見えなかったりとか(涙)。



それに比べれば。
今回は、私の方も意識改革して観劇に臨んだ(←大袈裟)ので、しっかり“『DIAMOND☆DOGS』のタンゴの世界”にハマることができました♪♪

本当に、カッコヨかったですぅ〜!(*^ ^*)。





まだまだ勉強不足で、曲名を聞いても音楽が浮かばない(涙)。
なので、場面をひとつひとつあげていくことができないのですが…。

どの場面も、ひとつひとつ、1曲または連続した2曲の間に、一篇の詩があって、
言葉によって説明されることのない、肉体によって語られる物語が、ある。


一篇一篇、イメージでもいいから簡単に解説したプログラムがあれば、内容も思い出せるだろうけど…。

観ている時は、一つ一つの物語に酔っていられたのに、ひとつの物語が終わるごとに涙が出そうになっていたのに。

公演が終わると、言葉による表現ではないので、どうにも思い出しにくい…。

「文字」あるいは「言葉」の発明、というものが、「人間」を形成するにあたってどれほど重要なものであったのか、こういう時にしみじみと気づいたりします。
…いみじくも、荻田さんの創る世界は本能で感じるモノなんだなー、と、深〜く納得してみたりして……(溜息)。





えーっと。


2幕のラスト前の場面。

「千の風になって」〜「SWALLOWS」〜〜そして、フィナーレの「リベルタンゴ」に続く流れ。



あれこそ、まさに
荻田浩一ここにあり!という構成でした。



あのラストの流れって、『DIAMOND☆DOGS』の元々のファンの方には、どう受け止められているのでしょうか…?

私は、いつもどおり(苦笑)、荻田さんにしてやられて泣いていたんですけど(^ ^;ゞ



『DIAMOND☆DOGS』に限らず、肉体を武器にしたパフォーマンスには、根っこのところに“祈り”があるのが普通だから。
別に荻田さんでなくても、そういう要素は必ず入っていたんだろうと思うんですよ、今までも。



悲しい程に切ない想い、
子供の形をした、純粋なナニカ。



ただ、その純粋すぎて透明すぎて、目に見えない“コドモ”の部分を、
あそこまで前面に出したことは今までに無かったんじゃないのかな、と。

…彼らのパフォーマンスを全部観ているわけでもないのに、偉そうにすみません。でも、私はそんなふうに思いました…。



諍いの果てに喪った命と、それを見守る天使たち。



降りしきる恵みの雨のように、そっと手向けられる白い花。
こどもたちは「祈り」を形にして、墓標に捧げる。

自分の持つ、いちばん純粋で、いちばんあかるくて、いちばんやさしいもの、
いちばん大切で、捨てることのできないモノを惜しげもなく捧げて、

天使たちは飛び去っていく。

……つばめのように、軽やかに。





荻田作品の基本設定は、「過去」です。

あるいは「時間軸」と言ってもいいかもしれませんが。
「現在」に生きていながら「過去」しか見ていない、
「現在」を生きていない主人公、という設定の物語がとても多い。


「過去」を、あるいは自分自身の“幻想”の時間を生きている、主人公。



天使たちは飛び去り、
一人の男が残される。

「自分自身」の中に閉じこもり、
自分が生きてきた「過去」を追い続けるだけ、の人生の中でも、
ちょっと立ち止まって振り向いたならば、飛び去らんとする天使たちの微笑みが見えた筈なのに…




荻田さん、というクリエーターの創る世界の基本設定に、ひさしぶりに“ピタッ”と嵌るパフォーマーが見つかったみたいで、荻田ファン的には、とても幸せな公演でした。


「マラケシュ」で、樹里ちゃんにレオンを振った荻田さん。

お笑いと荻田ワールドの間を一瞬にして往き来できるメンバーの中で、一瞬たりともおいていかれることなく、むしろ(あらぬ方向へ)引っ張っていくチカラのある樹里ちゃん。


爆笑トークから「パッションインブルー」への流れに、心が震えたのは私だけじゃないはずだ…(←私だけなのかな?)。



…・…・… ☆ …・…・… ☆ …・…・…

全編を締めるアストロリコの名演奏。

これを2時間みっちり聴ける、というだけで満足できるくらいなのに、

さらに、若い(←若干名除く)ダンサーたちの輝かしいダンスナンバーがあり、
歌手の歌があり……

おいしさ3粒分!って感じの2時間でした。

楽しかったー!もっと長期間やってくれればいいのになーーーーーっ。





オマケ。


せっかくイケメンが揃っているのに、男どおしでホールドして踊るナンバーが無かったのは何故(T T)と思ってしまうのは、私が腐女子だからでしょうか?>荻田さん

今回、1幕で少しだけドレス姿の樹里ちゃんが東山くんとホールドして踊る場面もあったのですが、
……腰が離れすぎてんじゃなーいっ?もっとくっつこうよ、脚は絡めようよ、タンゴなんだからさぁっ!!……なーんて、



心の中で叫んでいたことは内緒です((((^ ^;




天王洲アイルの銀河劇場で、パフォーマンスユニット(「TAP GUY」のプログラムにそう書いてあった)『DIAMOND☆DOGS』の、
「TANGO 2007 RHAPSODY in AUTUMN」を、観て参りました。

ゲストの樹里咲穂さん目当てで行った公演でしたが、予想外の収穫でした!いやー、本当に良かったです。楽しかった!

最近すっかりメジャーになった「DIAMOND☆DOGS」。
アンジョルラスやトートダンサー(ご本人のプロフィールにはこの辺の役は書いてないので、もしかしたら不本意なのかもしれませんが…)など、ミュージカル界で大活躍中の東山義久さんを中心に、5人のダンサーと二人の歌手、という7人のユニット。

去年、東山くんと対で踊っていた大柄で印象的なダンサー・SHUNさんと、歌手チームでもなんとなくメインで歌ってらしたKYOHEIさんが卒業されていて、チーム全体の雰囲気もなんだかちょっと変わっていたような気がします。
なんだろう。すこーし若返って、勢いが出た感じかな?東山くんを中心に、ユニットらしくなったような気がします。……気のせいだと思いますけど。すみません。

昔からのファンの方は、さぞ寂しいでしょうけれども。

でも。

私は、今回の公演、ものすごーく好き、ですっ♪
明日で千秋楽でさえなければ、絶対もう一回行ったのにーーーーっ!!


去年の七夕にやっていた「TANGO 2006 FASHION in SUMMER」の、続編、くらいのつもりで観に行ったのですが。

まるっきり別物、でした!(^ ^;ゞ


まず、幕開きからして全然違う。

舞台に光が入る、
と。

小さな雪ン子、いや違う、ビニールのレインコートみたいなのを着込んだ、子供たちが、舞台上に並んでいる。


プログラム見ていなかったので、すっごい驚きました。
てっきり、去年と同様7人+樹里さんの8人だけでやるもんだと思いこんでいたので。

プログラムを見て、確認。
「DIAMOND★KIDS’s」というチーム名がついているらしい(笑)。

あれはどういう子供たちなんでしょうか?
今年のプログラム、紹介も何もないのは残念だー!(苦笑)。
一番小さい(ように見えた)山本瑠夏くんが、たぶん3つか4つ?あれで5歳以上としたら、早生まれでしょうねぇ、きっと。
一番大きい子で中学生くらいかな?女の子は、そろそろ骨盤が大きくなり始めた子もいましたが。

総勢24名。
そんな、縦も横も大きさバラバラな子供たちが、
舞台の上で踊り出す。

子供と動物には敵わない、と、よく言われます。

主に映像の分野ですけれども、舞台でもやっぱり、「子供」っていうのは本当に強いものなんですね…
眼を惹く。集中させる。
そして、子供の笑顔には、それだけで観客の心を高揚させるチカラがあるんです。

正直、ダンスのレベルはバラバラでした。
下手でもいいから、もう少しレベルが揃っていれば合わせて振り付けることもできるし、やりようによってはもっと見応えがあったと思う。
あるいは、あの中で踊れている子だけ撰んで、人数を半分にしても、あまり問題はなかったと思う。

でも。

どうしてもあの人数と、そしてあの大きさのバラエティが欲しかったんですね、演出家は。

……そのことは、フィナーレ前の場面で理解できたので、ヨシとしたいと思います。

…仕方ない、もんね…。


子供たちが「リベルタンゴ」に合わせて踊る……5分くらいあったよねアノ場面?子供たちが可愛くて、あまり気にしてませんでしたが…
だって、子供たち2回くらい着替えてたもんね。レインコート脱いで、さらにもこもこした上着を脱いでたよ確か。

また、こういう着替えの時間をつなぐための、小人数の振付が意外とカッコイイ♪(踊れてない子もいるけど)
今回、振付はD☆Dと港ゆりか、TETSUHARU(安室奈美恵のバックの彼?)の三チームなのですが、いったい子供たちの振付は誰がしたんだろう?

…なんか、森新吾くんが保父さんやっていたらしいので、
子供たちの部分は彼が振付したのかなー?(笑)。


で、演出ですが。

一幕を観ている間中、おかしいな、おかしいな、と思っていました。

私はこの世界を知っている。
絶対、知っている。それもたぶん、とても良く。

幕間にプログラムを見て、
納得。

構成・演出:荻田浩一

そ、そうだったのか!
…荻田さんだったのか!

知ってたら、最初からもっとチケット枚数確保したのにーーーーーっ!!(泣) ←予習不足の自業自得。

ってゆーか、荻田さん忙しいなあ。

ここ三ヶ月で、「蜘蛛女のキス」(11/18大阪楽)→「TANGO2007」(11/21〜25)→「A−"R"ex」(11/20集合)か!!いつ稽古見てるんだいったい!?

まぁ蜘蛛女の方は、11月頭に初日があいたところで演出の手は離れた筈なので、そこからTANGOのお稽古に入ったとして。
「A−"R"ex」の稽古に参加したら、TANGOの舞台稽古にはいっさい入れませんよね?

…いや、そんなこと気にしてもしょうがないっていうか、ちゃんと舞台は完成されているんだから全然構わないんですけど(^ ^)、

荻田さんの頭の中で、この3作品がいっぺんに動いていたのかと思うと………、ね(^ ^;ゞ。

今日のプチ吃驚、でした。


つづく
青山劇場で、ミュージカル「ウーマン・イン・ホワイト」を観てまいりました。


原作は、1860年、ヴィクトリア朝のイギリスで出版された、ウィルキー・コリンズの傑作ミステリ「白衣(びゃくえ)の女」。
2004年にロンドンで初演。で、すぐブロードウェイでも開幕して。「あのA・L=ウェッバーの新作!」というので日本でも話題になってましたが、……たしか、あまり続かなかったんじゃないかな?
音楽的にちょっと難解な部分があるので、そのあたりが受けなかった理由かも。(とかなんとか言ってますけど、実は超大人気でロングランしていた、とかだったらごめんなさい!)


でもでも、私にはとても面白かった!
良かったですよ、とっても♪♪もう一回観たいと思っています♪


<キャスト>

主役・マリアンを笹本玲奈。

マリアンの異父妹で、父親の遺産を相続した資産家の美少女・ローラを神田沙也加。

姉妹が恋する貧乏な(下層階級の)美術教師・ウォルターを別所哲也。

ローラの許嫁・グライド卿を石川禅。

グライド卿の友人、エピキュリアンなイタリア男・フォスコ伯爵を上條恒彦。

白い服を着た謎の女、アン・キャスリックを、劇団☆新感線で大活躍の山本カナコ。

ローラの父の弟(ローラの叔父)で二人の後見者を、元四季の光枝明彦。


宝塚関係者は、ちあきしんさんくらい、だったかな?
マリアンやローラが暮らす村の女の子の母親役など、ちょこちょこソロのあるアンサンブルでご出演。カジノのシーンでグライド卿の禅ちゃんに絡む女性役が、麗しくてとっても素敵でした♪




で、とりあえず。

何よりもまず、最初に。


上條恒彦さんが素晴らしかった〜!!


はっきり言って主役は上條さんだったね。
特に2幕。
マリアンの笹本玲奈ちゃんを口説く場面(正確には、マリアンがフォスコを誘惑する場面なんだけど)が、しかもかなり長々とした場面(!)が、あるんですけど!

いや〜、中年…いや、老年にさしかかった男のイヤらしさを存分に出されていて、そりゃーもう素晴らしい!!の一言でした★

…お髭のない上條さんの顔を見たのは、そういえば初めてかもしれません…。

また、玲奈ちゃんが最高に色っぽくてコケティッシュで。
本当に本当に!!

素晴らしかったです。きっぱり。

あの場面を観ただけで、私が支払ったチケット代は元が取れた、かも……(^ ^)。



つい先月まで(?)、マリウスとエポニーヌだった(組んでないけど)、禅ちゃんと玲奈ちゃん。

…っていうか、それより衝撃的なのはバルジャンとジャベールであり、さらにバルジャンとマリウスだった(こっちは組んでる?)別所さんと禅ちゃんかな?(笑)


今回は本当に、典型的な「悪役」だった禅ちゃんですが。
金に汚くて、女に暴力をふるう最低な男。

…禅ちゃんの、何をやってもにじみ出てしまう「人の好さ」とか「優しさ」が、今回はうまくマスキングされていたような気がします。
表面を取り繕って、人前では“優しくて寛大な夫”を演じている姿とのギャップ、本来のキャラクターはちょうど逆、なんですけど(汗)、「2面性」というところを上手く役に生かしているなーと思いました。
これからますます役柄が拡がりそうです。

あのキャラクターであの歌が歌える役者、っていうのは、他にちょっと考えにくいくらい嵌っていたと思います。




別所さんのウォルターは、誠実で不器用で、

   心を隠せ 立場をわきまえろ
   住む世界が違いすぎる
   貧しい教師に 望みは、ない

と歌う一幕半ばのナンバー「Try To Not Notice」がよく似合う、「いかにも」なヒーロー、でした。

うぁあ〜、バルジャンとジャベールがデュエットしてるよ〜〜!と思ったりもしながら。

ちなみに、バルジャンとエポニーヌのデュエットは全然違和感無かったです。玲奈ちゃん大人っぽかったし。




うん。
今回の公演、立役者は何と言っても、玲奈ちゃんだったなー。

首の詰まったヴィクトリア朝の禁欲的なドレスがよく似合って。
ちょっと、退団直後の一路真輝さんを思い出させる美貌っぷりでした。エポニーヌでデビューした2003年の頃は、まだ頬がぷくぷくしていて可愛い感じだったのに、だいぶシャープになって、そして、お化粧も変わりましたよね。
初めて観た時から、歌も芝居もとても好きなタイプなので、順調に育っていくのを拝見するのはとても幸せです!(はぁと)

とにかくラストの絶唱に泣かされました。
うん。良かったよ。昔から人を引き込むチカラのある人だったけど、どんどん磨きがかかっているような気がします。
次の作品がまた楽しみになりました。

育ち盛りって怖いなあ〜〜!





そんな玲奈ちゃんのマリアンが、心からの愛情と忠誠を捧げる異父妹・ローラ。
ローラは父親の資産を受け継いで、土地持ちの資産家。
そして、マリアンはその影で、彼女の話し相手として一生を過ごすつもりだったのかな…?
姉妹というより、乳母とお嬢様みたいな、ちょっと微妙な関係の二人。

そんな二人が、突然現れた白馬の王子様ならぬ貧乏な美術教師に恋をする。

で、美術教師の方は、妹ローラに一目惚れ。

…さやかちゃん、もっとずっと圧倒的に可愛いと思っていたのに、意外に普通だったなぁ、というのが印象でした。
歌は、思ったより良かったけど、ソプラノはちょっと細すぎて不安定。せっかくの玲奈ちゃんカナコさんとのコーラスが、ちょっと微妙になっちゃったのが残念でした。

うーん、他にいなかったのかなー?とかつい思ってしまいますが………いなかったんだろうなあ(涙)。




山本カナコさんは、すっげー歌が上手いです!!
ビックリしたよ。
しかも、すごい小柄なんですね。大きな別所さんと一緒の場面が多いので、よけい小さく見えました。まさに、ヒラヒラした白い衣装に埋もれて、この世のものとは思えない小ささ、細さ、薄さ!!
別所さんに縋り付く、その小さな身体。
なのに、歌声は力強く空気を切り裂いて、異様な響きを滾らせて。

物語のキーとなる「白い衣の女」。
タイトルロールなんですよね、この作品の。
その、作品世界の色を決める大事な役割を、過不足なく果たしていらっしゃったと想います。

素敵でした。
またミュージカルに出て下さいね!




光枝さんは、もう今更言うまでもなく素敵でした。
はい。
もっと歌ってほしかったなー。ソロがたった一曲じゃ足りないよ(涙)。
フォスコ伯爵、代役は光枝さんなんだろうか…それもものすごーーーーく観たいキャストだ………(苦笑)。



 
私は、この作品の初演の頃に、ちょうどロンドンに遊びにいきたいなー、な〜んて計画を立てていて(いろいろあって頓挫しましたが)、「A・L=ウェッバーの新作かー、観たいな〜」とか思っていたんですよね。
…「白衣(はくい)のおんな?看護婦モノか?」とか思ったことは秘密です。


そして。
私にとって、この作品のホリプロ上演、というのは、特別な意味があります。

リアリー・ユースフルの作品を、劇団四季以外のカンパニーが日本でやる日が来たんだ!!という意味で。



笹本玲奈ちゃんが「ウェッバー作品に出るのが夢だった」とトークで話していましたが。
実際、この作品が決まるまで、それは「決して叶わぬ夢」だったんですよね…劇団四季に入らない限りは。

まぁ、大きな賞を獲った訳でもない作品だからこそ実現したのでしょうけれども。


でも。

この公演が『成功』して、リアリー・ユースフル側が「日本にも良いカンパニーは色々あるんだな!」ってことを理解してくださって、

そして、


「サンセット大通り」を、
麻実れい主演で上演する
、そんな許可が降りる日が。

いつかきっと、来てくれますように………(祈)




東京芸術劇場中ホールにて、「蜘蛛女のキス」を観てまいりました。

皆さんご存知とは思いますが、念のためスタッフ&キャストを。

モリーナ      石井一孝
ヴァレンティン   浦井健治
オーロラ(蜘蛛女) 朝海ひかる

モリーナの母    初風諄
所長        藤本隆宏
マルタ       朝澄けい  
ガブリエル     縄田晋

訳・演出      荻田浩一
原作        マヌエル・プイグ
脚本        テレンス・マクナリー
作曲        ジョン・カンダー
作詞        フレッド・エッブ


こうしてあらためて見ると、女優は全員宝塚OGなんですね。
荻田さんは、この作品の根底に流れる「非現実感」を、宝塚に見ているんだろうなあ、と思ったりした終演後でした。



とりあえず。
コムさんをオーロラにキャスティングした意味は、よーっくわかりました。はい。
これは確かに、ターコ(麻実れい)さんでもナツメ(大浦みずき)さんでもなく、コムさんですね。他に思いつかないくらい、コムさんのための役として演出されていました…。

もっとモダンっぽい振付をつけて小さい劇場でやるんなら、蘭香レアちゃんとかもアリかもしれませんが…歌は吹き替えで(笑)。
いやむしろ、ダンスを無しにして檀ちゃんとかとなみちゃんとか…そういう「根っからのファム・ファタル」系にしちゃった方がいいのかも。


とにかく。
荻田さんのオーロラに必要なのは、「血の通わない人形」の幻影、「記号としてのファム・ファタル」の幻想だった、と思います。



オーロラは、もともと原作には出てこない役。

モリーナの語る「映画の物語」の中で、繰り返し語られるヒロイン像。報われぬ愛に生き、愛してはならぬ男に献身を捧げ、理想主義と愛の狭間で愛に殉じる「美しき女」たち。
ミュージカル化された時に、作品世界の象徴として設定された役で、愛することで相手の命を奪う「蜘蛛女」と同一視される「オーロラ」のイメージは…

ブロードウェイ版の演出家ハロルド・プリンスにとって、「オーロラ」に必要なものは「圧倒的な存在感」でした。
初演にチタ・リヴェラをキャスティングしてトニー賞を獲った彼にとって、必要なものはおそらく「圧倒的な肉体」を含めた、舞台世界を完全に支配する「リアルな威圧感」であったのだろうと思います。


しかし。

荻田さんが求めた「オーロラ」は、
「スクリーンの紗幕の向こうの存在」でした。


劇中、ヴァレンティンとモリーナが暮らす牢獄の中を、オーロラが歩く演出が何度もあるのですが。

同じベッドに寄り添って座っても、界のはざまにいるかのような違和感がある。リアルじゃないんですよ、コムさんのオーロラは。スクリーン越しに見ている感覚があるんです。ものすごく。

ターコさんだったらこうはいかないでしょうね。勿論演出的なもの(照明とか衣装とか)もあるんでしょうけれども、ターコさんには照明とか衣装とかと関係なく、ご本人から発散される「リアルな存在感」があるし、長身・ど迫力のスタイルは、脚を出しただけで「圧倒的」なオーラを発してしまう。それは、止められません。ターコさんも、なつめさんも、「リアル」な女優なんです。


でも、コムさんは違う。

彼女にはリアル感がない。「人外」の存在、と、トップ時代によく言われていましたが。たとえばリカ(紫吹淳)さんの「人外」っぷりとは違うんですね。
リカさんの「人外」は、いつだって存在感ありまくりでした。ものすごい迫力だった。でも、コムさんの「人外」は、ただ「ヒトナラヌモノ」というだけではなく、常にその「象徴」という印象が強くて。
「植物的」と言われるのもそんなところから来ているのかな?彼女の役をすべて観ているわけではありませんが、好きだった役はどれもそういう「象徴的な」存在の役ばかりでした。

重さのない、血の通わない、人形。
重力のくびきで地上に縛り付けられることのない彼女だからこそ、「アルバトロス」という作品も作られた訳で。
「天使」とか「悪魔」とかいうのは、あくまでも人間の立場からみた名前であって、彼ら同士の間には区別はないんだろうな、とか、そんなことを思った「パッサージュ」とか。

荻田作品のコムさんは、いつだってそういう存在で。



その分、「Gimme Love」みたいなオーロラがセンターをとる場面での演出が弱いのは残念なんですけどね。
アンサンブルの人数が圧倒的に少ないせいもあって、ハロルド・プリンス版ではものすごく印象的だった1幕終わりの「Gimme Love」が、物凄く印象が薄くてびっくりしました。
こういったショーアップされた場面の印象をあえて薄めて、芝居の複雑さを見せる。これが、荻田さんのイメージした「蜘蛛女」だったんでしょう。


それはわかります。
彼のイメージはとてもよくわかる。(多分ですけど)


でも。


だったら、どうしてこの版の演出、ということにしたんでしょう?

あまりにも有名な作品です。
そして、あまりにも印象的な作品なんです。

「Gimme Love」の圧倒的な迫力、
「The Day After That」の熱情、
その熱があって、はじめて「Dear One」の切なさとか「Mama, It’s Me」の苦しさがある。
そのめりはりがあって初めて、「Anything For Him」の痛みが生きてくるんです。

荻田さんには、荻田さんの蜘蛛女がいる。
荻田さんの「蜘蛛女のキス」がある。

だったら、荻田さんの「蜘蛛女のキス」が観たかった。
聴きたかった。


多分、キャストはこれでいいんですよね?
朝海さんの幻想的なオーロラ、石井さんの不器用なモリーナ、そして、あまりにも真っ直ぐで脆い、浦井くんのヴァレンティン。

音楽もこれでいいのかもしれない。少なくとも一部は。
でも、脚本はもっと荻田さん流にしなくちゃ、彼が演出する意味がない。

作品の持つ方向性と、演出が表現しようとした方向性に、ずれがあるんです。
そのずれは、90度違うわけではないけれども、45度よりもっと少ないんだろうけれども、でも、確実に少しズレていて。

キャストがすごく良かっただけに、
まんまとラスト前の「Kiss Of the Spider Woman」で号泣してしまっただけに、

その、わずかな「ズレ」が惜しくてたまりません。



いっそのこと、映画版を新たにミュージカル化した方が、荻田さんのイメージには合ったんじゃないでしょうか?

私は映画を観ていないので何とも言えませんが…
少なくとも、あの演出だったら、マルタはコムちゃんがやった方が自然だと思いましたね。それは、映画版もそうですよね?(映画版も「オーロラ」は出てきませんが、確か、映画のヒロインとマルタを同じ女優が演じていたはず)



うーーーー、感想を文字にするのって難しいですねぇ…。

誤解が生じてしまいそうなので確認しますけど。
荻田版「蜘蛛女のキス」、良かったんですよ?泣いたし、ものすごく残るものがあった。

ハロルド・プリンス版に比べるて、一番の違いは。
ヴァレンティンが、ちゃんとモリーナを愛していたこと、かな。

特に、別れの朝のヴァレンティンの芝居が、すごく良かった。
朝の挨拶の後、一度はモリーナからのキスから逃げた彼が、逡巡の末に
「もう二度と、自分を辱めるようなことをするな」
という名台詞を告げるまでの心理描写がすごく繊細で美しくて、浦井くんの演技力もすごいけど、多分こと細かに荻田さんから指示があったんだろうなあ、と…。

その台詞の後、力づけるように微笑んだヴァレンティン。吸い込まれるように唇を重ねる二人。
そして、モリーナが絞り出すように告げる。
「…伝言を、言って…?」

それは、自分自身への死刑宣告だと知りながら。

浦井くんは、「エリザベート」のルドルフ役から注目していましたが。
去年の「アルジャーノンに花束を」のチャーリーが決定打でした。私的に。声も好きですが、芝居が繊細で、しかも物凄く痛い芝居が出来る人。自分の弱いところ、汚いところをちゃんと見据えている人なんだろうと勝手に思っています。
サディストなところもマゾヒストなところも、両方供えている希有な役者。声の良さ、滑舌の良さ、存在自体の痛々しさ…荻田さんとの相性は最高ですね。ぜひ、彼のためのオリジナル作品を創ってあげてほしいなあ、と、ずっと思っています。

いや、その前に「アルジャーノンに花束を」の再演をお願いいたします!!



石井一孝。
この作品の中で、一番「まとも」な役者。彼にあえてモリーナをふった荻田さんは、さすがだなあと思います。
初演の市村さんは、マッチョな宮川浩ヴァレンティンに対比するべき、ほっそりと弱々しい、小柄な男でした。

でも今回、少年性を強く残した不良少年出身(宮川さんは、「大人の男」で、大学紛争出身の革命家って感じだった)の、あまり学もなさそうな(←頭が悪いという意味ではない)「半人前」の浦井ヴァレンティンに対するに。
石井さんの大柄な身体が、豊かな表情が、対比的に効いていたと思います。



宮川さんと市村さんの「Anything For Him」、は。
演出の違いもありますが、体格差も手伝って「絶対にこの二人は最後までヤッたよね」(←おい…)という感じでした、が。

石井さんと浦井さんは、もっと精神的なつながりを感じました。
服を着たまま、朝まで抱き合って眠っただけ…?みたいな。
…いや、そんなことはないんでしょうけれども(苦笑)。

「なんでもするわ彼のためなら」と詠う石井モリーナが、まるで母親のようで。

「なんでもするさ俺のためなら」と詠う浦井ヴァレンティンが、母親を足蹴にする家庭内暴力息子のわがままのようで。

母と息子の近親相姦の趣さえ湛える二人の歌と、それにかぶさるオーロラの歌。
痛々しく自分自身を、そして相手を痛めつけてさらに疵を増やす二人を絡みとり、縛り付ける、蜘蛛女のメロディ。



コムさん、歌はびっくりするほど良かったです。
すっごく心配していたので、ホッとしました(滝汗)。
音程はいろいろアレでしたが、とにかく声が良く出ていました。
音域もあっていたのかな?

難しい歌なので、そんなに見事に歌いこなすことは期待していなかったので。あの程度歌えていれば許容範囲ですわ♪

それにしても、独特の声が役にぴったりハマッていて驚きました。今まであまりコムさんの声って好きではなかったのですが、今回は本当に良かった!息漏れがなくなって艶がでてきたので、個性的な声が生きるようになりましたね。すごいなあ★
次の作品を楽しみにしています♪



マルタのカヨ(朝澄けい)ちゃん、予想以上に良かったです!
荻田さんはこの人の姿もだけど声も好きなんでしょうねぇ。
甘い甘い、かすれた低音。
やわらかな癖のある語尾。
彼女の声が加わるだけで、イマジネーションが拡がります。

姿は、上流階級のお嬢さんらしく、きっちりと美しく。
この姿でいったいどうやってヴァレンティンとデートしていたんだろう、という感じですが、

…でも。カヨちゃんはすっごくすっごく良かった!!んですけど、でも。
やっぱり、この演出だったらマルタはコムさんで良かったような気がします……(泣)。



ぜひ、次は浦井&朝澄コンビで、荻田さんオリジナルの新作を!
…死にたくなるほど痛い話になるヨカーン………。




うーん。またとりとめなく長くなってきたので。
とりあえず、公演が発表された時の日記へのリンクをはって、終わりにしたいと思います。
http://diarynote.jp/d/80646/20070124.html
携帯の方はこちら♪
http://80646.diarynote.jp/m/200701242344200000/



なんだか頭が整理できてないなあ(涙)。
やっぱり、プログラム買うべきだったかなも………(T T)。


銀座博品館劇場にて、ミュージカル「The TAP GUY」を観て参りました。


この作品、「Mr. Bojangles」というタイトルで公演していたら、もっと話題になったんじゃないでしょうか…?いや、最近かなり情報に疎くなっているので、チケット状況とかミュージカル界での評価は良く判らなくなっているのですが(汗)。

私は「Mr. Bojangles」の話だとは露ほども思わず、ただ玉野作品で、レアちゃんが出るから、という理由で観にいったのですが、
正直、玉野さんなので脚本的には全く期待していなかったのですが、


ストレートに「名作」と言い切っていいと思います。
深く深く、こみ上げてくるものがありましたね、本当に。


玉野さんの、「Mr. Bojangles」への、あるいは「Bill Robinson」への熱く深い想いが伝わってくる作品でした。
…今までの玉野作品の“面白”っぷりは何だったのかと思うほどに(爆)



今回は、ちゃんとスペックを書いておきます。

作・演出・振付:玉野和紀
振付:HIDEBOH
出演:小堺一機/玉野和紀/HIDEBOH/
   剱持たまき/tekkan/蘭香レア/秋山エリサ/小寺利光/加賀谷一肇

小堺さんと玉野さんは、言わずとしれた人たちなので省略。

HIDEBOHさんは、タップダンスユニット「STRiPES」の主宰(?)。むかーし、玉野作品にダンサーとして参加されたこともあったらしいです。私は残念ながら観ていませんが。

剱持たまきちゃんは、2003年の「レ・ミゼラブル」でコゼット役に選ばれて以来、活動の幅を拡げていらっしゃるミュージカル女優。透明感のある容姿も美しい声も、モロに私好みで(笑)、大好きな女優さんです。♪

tekkanさんは、和田哲監(のりあき)の芸名で1999〜2001年まで「レ・ミゼラブル」に参加。クールフェラック役で美声を響かせてました。散々聴いたなぁ私…。

蘭香レアちゃんは略していいかな?と思いつつ念のため。
81期で入団、花組に配属。後に雪組に異動して「凱旋門」で新公初主演。なのに「猛き黄金の国/パッサージュ」で退団してしまった、幻の(涙)名ダンサーです。しかも美人でスタイルも◎。
玉野さんには気に入っていただけているようで嬉しいかぎり♪♪春の「Club7」も出てほしかったなあ…(しょぼん)

秋山エリサちゃんは、子役(アニー、アンネの日記、等々)出身のミュージカル女優さん。小寺利光さんは、パフォーマンスユニット「DIAMOND☆DOGS」のメンバー。加賀谷一肇さんは、劇団四季の「ライオンキング」でヤングシンバで一度観たことがあったような気が。(キャスト表をチェックするのが面倒で調べていませんが、多分。まだお若いんですねぇ〜(笑)。







カントリー・フォーク・シンガーのJerry Jeff Walkerの名曲「Mr. Bojangles」は、黒人として初めてソロで踊り、様々な伝説を作ったキング・オブ・タップダンサー、BILL "BOJANGLES" ROBINSON をイメージして作られたと言われています。

ただし。
ロビンソンが「Bojangles」というニックネームで呼ばれていたことは事実のようですが、スタンダードの名曲「Mr. Bojangles」は、実際には、彼のことを歌った歌では無いらしいですね。
彼がニューオーリンズでツアー中に泥酔して監獄に一晩放り込まれた時、そこで出会った老ダンサーのことを唄った歌、なのだそうです。




■物語■

ニューオーリンズのとある留置所。
ある晩、ひとりの男(玉野)が酒と博打でトラブルをおこし、放り込まれる。

部屋の先住者は、マーティと名乗る初老の男(小堺)と、フォークソングライターのジェフ(tekkan)。
3人で喋りながら夜明けを待つうちに、ふとマーティが語り出す。
最高の友人にして最高のタップダンサーだった一人の男の物語を……


遠い昔。
コメディアンだったマーティは、とあるクラブの舞台裏で、華麗なタップダンスを踊る黒人ダンサーと出会った。
彼こそは、未だ無名のビル・(ボージャングル・)ロビンソン。
軽やかで明るいタップの響きに魅せられたマーティは、才能の限界を感じていたコメディアンを諦め、ビルのマネージャーになることを決意する。


しかし。
当時の興行界の決まりとして、黒人は顔を黒く塗らないと舞台にはあがれないことになっていた。白人と黒人が共演することも許されず、それどころか、黒人がソロで踊ることさえ出来なかった時代。人種差別が当たり前で、観客はほとんどが白人だったから「黒人は、一人では白人を楽しませることができないから」という理由が「真っ当な理由」として成り立っていた、

そんな時代に。

ビルをソロで踊らせるために、マーティーは奔走し、そしてやっと、先取的な考えを持つ若い興行主ジョージ(tekkan)の説得に成功して、ビルはジョージのショーでソロタップのチャンスを得る……。



ここまでがプロローグ、という感じで、舞台奥の段の上が留置所の部屋の中、本舞台が「現在(1908年頃?)」という構成。
小堺さんが語りつつ舞台と留置所を行ったりきたりして物語を進め、その話を玉野さんとtekkanが聴いている…という2重構造の劇形式の作品でした。

ちなみに、玉野さんが留置所にいる間、ビル役はHIDEBOHが担当。
しっかり「刻んで」「鳴らす」タップでマーティを感激させ、その後の博打に夢中なところは、お小遣いをねだる子供のようにダンサー仲間のアンジェラ(蘭香レア)にまとわりついて……。
最終的にはマーティから金を借りて博打をして、全部スッてしまう、というように物語は進むのですが。

ビルの若さ故のパワーと、「パフォーマーとしての才能と天性の明るさで、何をしても憎まれず、誰にでも愛された」というキャラクターを、最初に観客に印象として植え付ける、見事な存在感でした。



そして。
★アンジェラ★(はぁと)

やっぱレアちゃんは、私にとっては“最高の”ダンサーなんです★
顔もスタイルも大好きだけど、あの、脚を上げるだけで「ふわっ」と空気が動く感じとか、なんでもない振りなのに一瞬重力を忘れてしまうところ、音楽のカウントのタイミング、流し目が似合う切れ長の吊り目、強い輝きを放つ黒い瞳、黒塗りで強調される高い頬骨のハイライト、身体のどこに何個関節があるんだかさっぱりわからない身体構造まで、何もかも大好きです。

相変わらず、衣装の布が少なくてすんでいましたが(笑)、ものすごい強靱な筋肉なのに、全然「ムキムキ」していないんですよね。凄いなあ☆
でも、踊るとあっちこっちがむくむくしてるの(^ ^;。わずか0.1mmの表皮に覆われて押し込められた筋肉が、一本づつ違う動きをしていそうな気がする……(怖)


この作品最初の出番は、マーティとビルが出会ったクラブのショーシーン。男二人(小寺・加賀谷)を引き連れて、センターでガンガン踊ってくれました。
いやー、色っぽいっちゃこの上もなく色っぽいんですけど。
でも、ある意味「色っぽさ」だけで言うなら、「まほろば」のピンク ダンサー仲間のベティー(秋山)の方が断然色っぽいんですよね。まず、女らしい柔らかな曲線の描くラインが、全然、違う…(^ ^;ゞ。ベティーは女の子、アンジェラはダンサー、そんな感じで(^ ^)、

…いや、あの、

レアちゃんにはレアちゃんにしか無い魅力がありますからっ。
マイ・ベスト・ダンサーです♪♪(そこで丸めるか…)




ショーが終わって、楽屋。
小寺&加賀谷の若人コンビの博打に参加したくてたまらないビルが、アンジェラに小遣いをねだる。
このアンジェラの、響きの良い艶のある低音。これがまた、素敵なんですってば!!(←誰も聞いてない)いやー、良い声だ♪ ちょっとはすっぱを意識した「あんた、やめときな」とか、10ドル渡したマーティに「なんで貸しちまうのさ」とか……
ああ、もう、本当に萌え萌えでステキでした♪♪(壊)

美しい人は好きです、心の底から。
そしてレアちゃんは、本当に美しい役者なんだなあ、と…。




ここでやっとプロローグが終わって、ビルはソロでショーに出演することが決まります。

白人の人気歌手、リサ(剱持たまき)と、同じショー、に。



長くなったので、続きはまた後日。(←誰も興味ないかな…?)

…とか言いつつ、観劇した人にはちょっと信じがたい情報をお一つ…。

この公演のお稽古中に、玉野さんとHIDEBOHさんがお誕生日を迎えられたのですが。

玉野さんはなんと50歳におなり遊ばされたんですってよ!!

HIDEBOHさんとは10歳違い、そして小堺さんと一つ(?)しか違わない、だとぉっ!?
おおおおおお〜(感慨)。



私が初めて玉野さんを知ったのは、…ほんの十数年前。
ってことは、あの時既に30代後半だったってことっ!?だって私、あのツヤツヤのお肌と可愛らしい笑顔にすっかり騙されて、20代かと思ったっていうのにッ(涙)。

#さすがに、20代は思い違いだというのはすぐ判りましたが…(汗)。



タカラジェンヌも(大地真央さん筆頭に)妖怪が多いと思っていましたが。

男優も、というかダンサーも侮れませんねぇ……(^ ^)。

ちなみにHIDEBOHさんも、絶対40には見えません。30代前半か、せいぜい半ばかと思ってました(涙)…くすん。(どうせ人の年齢なんていつも判んないもんっ)



この夏。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行って、念願のショー「ウィケッド」を観て参りました。


劇団四季が「Wicked」の上演権を買うより前から、ずーっと念願だった「ウィケッド」ショー版。
実際の舞台と後先になってしまいましたが、それでも十分、楽しかったーーーー♪


本来のストーリーのうち、2幕は全面的にカットし、1幕をさらに半分くらいに縮めたダイジェスト版。
短いだけに登場人物も絞り込まれていて、2幕で大きな役割を果たすフィエロ(エルファバの恋人)やネッサローズ(エルファバの妹)などのメインキャラクターも全く出てこず、

メインキャストは南の善い魔女・グリンダと西の悪い魔女・エルファバ、そしてオズの魔法使いの3人だけ。
これに「翼ある猿」の首領と、あとはアンサンブルが10名弱、という構成で。



基本的に、台詞は日本語、歌は英語と日本語半々、という感じでしたが…(英語の部分のみ字幕が出る)、多分、大半の観客にはストーリーは理解されないままに終わったんじゃないか、と。
パンフレットには「オズの魔法使い」の謎解き、みたいな解説になってましたが、1幕までじゃ何の謎も解けていないし、そもそも、芝居として成り立つほど日本語が喋れるキャスト自体が少なかったし。

うーん、元の作品(「Wicked」)を観たことのない人が、あのショーを観てどういう感想を持つのか、すごーーーく知りたいです。


で。

元作品ファンにとっては、大満足なショーでした。

あ、いえ、ダイジェストの内容については言い出したらキリがないんですけど、あの時間(物語が解らなくても音楽の力でショーとして持たせられるギリギリの時間)に収めるには、確かにあれしか方法がないよなあ、と思うし。


とにかくメインキャスト3人の歌が素晴らしかったので、それ以外はいいです、もう。

特に、エルファバの歌唱力が素晴らしかった♪♪


「Defying Gravity」、本来の作品では一幕ラストを盛り上げる曲ですが、これがまた!本当にものすごい迫力でした!!

…っていうかこの曲、やっぱり英語詞の方が子音が強いので迫力が出るんだよね…。日本語は子音が弱いので迫力が出にくいんです。そもそも英語詞に合わせて曲も作られているから、盛り上がるポイントもズレないし。
あー、カッコヨカッタ♪♪


この曲って、邦題は「大空高く舞い上がるの」なんですよね、確か…。先日Wickedレポをアップして以来、「大空高く」で検索しておいでになる方が結構多いのですが…ごめんなさい、ここはウィケッドファンサイトではないんです(T T)。
この日記で「大空」と言えば、某タカラジェンヌさんのことをさしています(汗)



倒れそうになりながら、並んだりしつつ、1日で3回観たのですが(滝汗)。

エルファバ役は、多分二人観たと思います…(違うかも)。で、どちらも欧米系っぽかったかなー?
顔が緑色なので確信はありませんが(汗)。

グリンダと魔法使いはアジア系でしたが、日本人なのかな?あるいは日系アメリカ人とか?と。
現地(日本)人キャストにしては英語が上手すぎ…とか思ったのですが。

テーマパークだからキャストのプロフィールは公開されていない(そこにいるのはエルファバでありグリンダだから)のは当然なんですが、一部のマニアのためにこっそり教えてくれるなんてことは………ないか(涙)。
うーん、知りたいなあ。



というのはおいといて。
ショーとしての質も大変に高かったですし、良かったです。
これが入場料のみ追加料金なしで観られるなんて、テーマパークってすごいなあ♪と幸せな気分で☆


宝塚も、元はファミリーランドのショーから始まった……んでしたっけ?
こういうモノを、手抜きせずに全ての力を注ぎ込んで完成させることができる余裕というのは、貴族的、というか、安定した裕福な社会でないとできないことですよね。

宝塚が始まった大正時代の日本というのは、今わたしが想像しているのより、ずっと裕福な時代、あるいは貧富の差が大きい時代だったのかもしれないなあ、なんてことを考えたりしつつ…

テーマパークに散らばる、一夜の夢。
私が宝塚に通うのも、夢を拾いに行っているんだな、と再認識した夜でした♪



.
「まほろば」についての(現段階での)感想をやっと書き終わって、ちょっと腑抜けているねこです。

えーっと。

とりあえず「まほろば」終わってから書こう、と思ってとっておいた小ネタがいくつかあったはずなのですが…
ねこには、記憶力もなければ、メモしておく習慣もないので…(だって筆無精なんだもん/涙)、

小ネタについては、思い出したら書く、ってことにして。

今日は、落ち穂拾いの日、ってことにさせていただきます。



…えーっと、まずは。

この日記を書き始めてから、観劇した舞台で何も書いていないのは…

○月組バウ「ハロー!ダンシング」
○中日劇場「ジキル&ハイド」
○USJ「ウィケッド」
○宙組東宝「バレンシアの熱い花/FANTASISTA」
○シアターコクーン「ドラクル」

…くらい、かな?


ハロダン〜!!
そっか、そういえば書いてないや何にも。みんなごめんよ!(←誰に言ってる)
本当に良かったよ!感動したわ!!(←だから誰に)

……すっごく今更ですが、CSで流れる前に書かせていただきたいと思います………(反省っ)


で、次。

「ジキル&ハイド」については、日生劇場公演の時にかなり書きましたので。5月の梅田公演から参加された、香寿たつきさんのルーシィについて、ちょっとだけ(←絶対嘘)。

ルーシィは、ハイド氏の相手役、というより、事実上の主役の片割れともいうべき大役ですが。
日本では初演からマルシアが演じ、ルーシィ=マルシア、というイメージを持っておられる方も多いと思います。

マルシアの“哀れな娼婦”という表現。
「店の売れっ子」としてのプライドと、
それ故にこそ、「性的な目で自分を見ない男」=「王子さま」という単純な思いこみ、
そこへ向けられる真っ直ぐな憧憬、

…それらが紡ぎ出す、“切ない女心”の発露としての「A New Life」。

マルシアのルーシィは、「子供のような純粋さ」を残した大人の女で、私もとても好きになりました。

でも。

タータンさんのルーシィは、少女そのものだった。



声の違いは大きいですね。
マルシアの声は、ご存じのとおり絶妙に掠れた、味のある艶声。
この声は、どうしたって少女の声にはなりません。

でも。
タータンさんは、男役時代は声が高すぎることで随分苦労なさっていましたが、女優として活動する上ではかなりお得な声質。
退団後の活動を見据えて、声を保っていらっしゃったのかと納得してしまったくらい、見事に「少女」の声、でした。

その声に合わせて、動作もキャラも子供っぽく作りこんでいて。
「A New Life」の可愛らしさといったらもう!(^ ^)、この顔文字のとおり、目尻をさげてニコニコしてしまいたくなるくらい可愛かったです。


個人的な感想ですが、初演時のマルシアと比べれば雲泥の差と言いたいくらい、タータンさんのルーシィは良かったです。
今後回を重ねられるのかどうか不明ですが、再演を重ねたタータンルーシィも観てみたいなーと思いました。
(しかし、タータンさんのルーシィでOKな新ジキル役者…心当たりがいないぞオイ…)


あとは、「Dangerous Game」での表現がもう少し…、ねぇ。

あ、いえ、あの。
決して、タータンさんに色気やエロさが足りないって言いたいんじゃないんです。
あの曲に必要なのは、シンプルな色気やエロさじゃないから。

でも、単純なマゾヒズムでもない。
あれはね、もっと微妙な空気がほしいんです。
虐待を諦めを持って受け入れ、それに微かに快感を覚える、という、空気。

その、微かな「悦び」を、理性が強く否定する。
拒否する。

理性は拒否しているのに、忘れられない。求めずにはいられない、
この二重構造がなくては、「Dangerous Game」という曲のエロティックな美しさは表現できない。


タータンさんのルーシィは、詳細な演技プランとそれを実現する「声と仕草の技術」で作りあげられた、ある意味「つくりものの少女」であるだけに、そういう微妙な揺れはすっ飛ばされてしまって…。
ああいうものが、回数を重ねることで表現できるようになるものなのか、天性のものなのか、それはわかりませんが。

とりあえず、今回の梅田・中日合わせて1ヶ月の公演では、そこには届かなかったな、という印象でした。

でも、ね。
いいのかもしれない。そのままでも。
だって、すごーーーーく可愛いルーシィだったんだもん(はぁと)。

大人っぽい女優、年上の「豊かな女」を得意とする女優になるんだろう、と思っていたタータンさんが、あんなに可愛らしくコケティッシュな「子供」を体当たりで演じていらっしゃったことに、ちょっと感動しました☆


タータンさん、次は「モーツァルト!」、ですよね?
前回観られなかったので、今度こそ!の男爵夫人、楽しみにしています♪♪





…落ち穂は全然拾えていませんが。
この内容で3000字とかになるのもどうかと思うので(汗)、このへんで。



OGが出演している二つの公演を観て参りました。

OG公演「DANCIN’CRAZY」と、玉野和紀さん主催の「クラブ7 セレクションライブ」。


とりあえず、玉野さんについては以前ちょっと書きましたのでリンクを。
http://diarynote.jp/d/80646/20070201.html

今回のは今までの「クラブセブン」の名場面集、みたいな感じでした。大好きだった場面が二つも(←どっちもレアちゃん関連ですが)再現されて、物凄く嬉しかったです。もう一回観たかったんだよ〜〜〜(涙)。

今回の出演は、常連だった吉野圭吾さんが抜けた(圭吾くんの顔写真をつけたぬいぐるみを抱きしめて、「仕方ないよね、お仕事だもんね」って嘆くナンバーがあって、大爆笑でした)以外は前回と同じ。宝塚OGは1月と同じくガイチ(初風緑)さん、優子(風花舞)姫、(蘭香)レアちゃん。男性陣は、西村直人さん、原知宏さん、桜木涼介さん。玉野さんいれて7人のメンバーに、ゲストとしてただいま話題沸騰中!の若手女形、早乙女太一くん(15歳)がご出演でした。

優子姫は「DANCIN’CRAZY」に引き続きの登場。いつ練習したんだ…すげーーーーっ!!(いや、ブログに書いてありましたけど、それにしても信じられんスケジュールだ…)


で。

いやー、レアちゃんのダンスはホントにさすがでした。もう本当にこの人のダンス、いくら見てても見飽きないし息できなくて苦しくなるくらい大好きなんです(*^ ^*)。無駄な力が全く入ってないんですよね☆脚を上げる振りがあれば、脚だけが宙を舞うようにあがるんです……あんな風に動けたら気持いいだろうなあ(涙)。
黄色い衣装の鳥の場面といい、餓鬼の役の場面といい、人間じゃない役ばっかりでしたが(笑)、どっちも本当に素敵なの。久しぶりのレアちゃんでしたが、堪能させていただきました♪♪

玉野さんに「いつも露出度高め。服の生地も少なくてすむんですよ」と紹介されていたレアちゃん。相変わらず、「見せてくれてありがとう♪」なスタイルでした(←おい)。ああ、あと10cm小柄だったら間違いなく娘役トップだったのに(←あんなに燕尾をキレイに着こなせる男役も少ないけどな…)。

優子姫は、前日までゆうぽうとに出ていた影響もあるのかな?メインで踊る場面はあまりありませんでしたが、相変わらず可愛い!動き出したらホント目を惹きます。っていうか、お願いだから玉野さん、優子姫とレアちゃんを両端に置くのはやめてください……。

ガイチさんは、優子姫&レアちゃんにずーっと挟まれてセンターで踊っていらして、ダンサーとしてはプレッシャーだったろうなあ…。でも踊りも勿論ですけど、歌い始めると本領発揮って感じでしたね。もっと歌ってくれても良かったのになあ。1月の時より柔らかみが出て、「女優」という立場に馴れてこられたのかなーとか思いました。

玉野さんは言わずもがな。
西村さんも言わずもがな。
原・桜木の若手コンビもがんばってました。笑い取るのに。
(ダンスは勿論、若いだけあってキレキレです)

とにかく、「再現」場面だけでも最高に楽しいライブだったのですが……


早乙女太一くん。
最近よくチラシで観ていたので、「へー」と思っていたのですが。

藤原竜也を初めて観た時の衝撃に近いモノがありました。
…なんの基準になるんだよソレ、って感じですけど(汗)。



1幕の、女形としての舞は、キレーだなーと思って観ていたのですが。
(某劇団の松本理事の舞と違って、眠くなる余地がなかったのは、振付の違いなんでしょうかねぇ?見る目がないのでよくわかりません)


2幕冒頭。
端然と座る少年…いえ、少年剣士。

玉野さんの持つ刀に手をかけ、二人で踊る場面も良かったのですが。
剣を抜いてからの、殺陣の美しさ。


流麗、とか、
清冽、とか、
…そういう言葉の意味を、私は初めて知ったかもしれない。


ああ、この剣ならば枯れ葉も切れるだろう、と。
人を斬っても、血は出ないのかもしれない、と。

そして。

これが沖田の剣なんじゃないだろうか、と思ったのでした。


この人を、こんな畑違いの公演に出演させて玉野さんって凄い!
今回の公演で、一番の驚きはそこだったかもしれません。

だって。
客席には、彼の贔屓筋と思われる方がとってもたくさんいたのですが。
…皆さん口あけて呆然としてたよ?(←特にコントの場面)


いやー楽しかったです。色んな意味で。
早乙女くんの座長公演を観てみたいな、とか思いつつ、またこういう形でゲスト出演して、またあの少年剣士に会わせてもらえたなら幸せだなあ、とも思ったり。

良いモノみせていただきました。ありがとうございます玉野さん♪



そして、「DANCIN’ CRAZY」。

ナツメ(大浦みずき)さんを中心に、リカ(紫吹淳)さん、(湖月)わたるさん、コム(朝海ひかる)さんの元トップ3人に、優子姫&(星奈)優里ちゃんの元娘トップ2人、そしてタラ(祐輝薫)ちゃん以下12人のOGさんたち、という超豪華キャスト。
月組ファンとしては、祐飛さんと同じ78期の苑宮令奈ちゃん、「血と砂」でフアンの子供時代を演じて退団された雪菜つぐみちゃんに、ひっさしぶりにお会いできるのが目的の一つだったりしました(←お前だけだ)


構成・演出は三木章雄さん。
三木さんのショーは嫌いじゃないんですが、今回のは、完成度としてはイマイチだったような。大劇場のショーと違って、オーディションをしてまで「ダンサー」を集めたんだから、歌わせる必要ナイだろう、と言いたい。
歌は別音源にして、ダンスに集中させてやるわけにはいかなったのでしょうか。しかも歌う人は激しい振付つけられないからダンスも中途半端だし(T T)。

しかも、中途半端に男役やったり女性ダンサーだったりするのが…大変そうで。男役なら男役、女性ダンサーなら女性ダンサー、やるからにはきっちりと分けてあげた方がよかったのでは?別に場面ごとに入れ替わってもいいんですけど、プロの男役は化粧から補正から、何から何まで全部違うんですから。

男役を極めたメンバーに、今更「アマチュアの男役」「なんちゃってジェンヌ」をやらせないであげてください(涙)。



そんな中、ナツメさんが貫禄の一人勝ち。
そして、元々中性的な魅力で売っていたコムちゃんが得をしていた、というのが率直な感想でした。

やっぱり、わたるさんが一番苦しんでいたような気がします。「プロの男役」に徹すれば誰よりも“漢”だし、「女性ダンサー」に徹れば、あの迫力の美脚で十分勝負できる(←‥)のに、どっちつかず、というか、演出家がどっちつかずにさせてしまったことがとても残念でした。

リカさんは…「女優」として踊らせてあげた方が良かったような気がしました…。もしかして、調子でも悪かったのでしょうか?あまり踊られなかった印象でしたが。

なんていうのでしょうか。
「OG公演なんだから、男役させとけばファンは喜ぶだろう」っていう単純な理屈で公演が作られていたような気がするんですよね。

でも、もう優子姫も優里ちゃんも「娘役」じゃないから。
「娘役」という存在がなければ、「男役」にはなれないんですよ。「女性ダンサーと絡む男装した女性ダンサー」にしかならないの。
それは、「宝塚」という特殊な世界でしか成立しない、「夢」なんです。

「夢」だからこそ、美しい幻。
それが、宝塚の男役。

それを、「男役」というものの持つ「夢」を、座付き作家ならもっと大切にして欲しかったのですが…。



あくまでも「元トップ+元トップ娘役+その他アンサンブル」っていう構成もちょっと残念でした。
もっと、たとえばAYAKOさんとか本当に凄かったし、楓さんタラちゃんあたりの「スターダンサー」だった人たちにはセンター場面があっても良かったと思うんですよ。
大真みらんちゃんも本当にキレイに踊っていたし、優花えりちゃんも相変わらずパワフルだったし、凛華せらちゃんは美人だった(←おい)
苑宮さんもつぐみちゃんも可愛くて、真剣で、ああ月娘は本当にパワフルだなーと思ったし、陽色萌ちゃんとか牧勢海ちゃんとか、みんなみんな、本当にがんばってました。


もちろん、このメンバーが集まった事自体、本人にとってもファンの方にとっても(ましてダンサーのファンの方なら大浦さんは特別な人でしょうし)最高の幸せなのでしょうし、
皆手抜きなしで必死に踊っていて、がんばっていて、涙が出るほど感動もしたのですが。

一本の「ショー」として、出演者にあまり思い入れのない人が観たら、「ふうん」で終わってしまうんだろうなーと思ったことも事実ではありました。

「クラブ7」と、「DANCIN’ CRAZY」。
どっちも、“出演者のファン”でない身にはどう見えるのかなー、と思いつつ、

“出演者のファン”である私は、どちらも帰り道もついつい踊り出してしまいそうな気分で歩く、最高の公演でした♪



何が楽しかったか、って、出演者が全員『最高の笑顔』だったのが一番嬉しかったです。(レアちゃんは「宝塚よりキツイところがあるのか!と思った」とコメントしてたけどな)
皆さんが、怪我なく公演を終えたことを心より言祝ぎつつ、今後のご活躍を心より祈っています☆



もうまもなく楽を迎える、雪組東宝公演「エリザベート」。

結局、東宝では2回しか観られずに、私の楽は終わってしまいました。
まだこれからご覧になる方が羨ましい☆



もう公演も終わってしまいますので。
最後に、まだ文字になっていない思いを吐き出させてくださいませ…




ずーっと書きたくて、うまくまとめられなくて悩んでいたこと。
ウィーン版のシシィと、宝塚版のシシィの違い。


それはもう、本当に全然違うんですよね。
前にも書きましたが、そもそもの立脚点が違う。

だから、宝塚版を観て「ああ、ウィーン版みたいにすればいいのに」と思うことはほとんど無かったんです。
宝塚版は宝塚版だから、ウィーン版と同じことをしたら世界が壊れてしまうから。


「Mind Traveller」を観た時に思ったのですが、小池さんって「世界の構築」だけはできるんですよね。ストーリーやキャラクターがどんなに見事に破綻しきっていても、世界そのものはしっかりとそこにある。
脚色するにしても、きちんと「世界設定の必然」を考えた上で脚色するから、話がどんなにぶっ飛んで「ハァ?」と思うところがあっても、「…なんで?」は少ない。

…ま、ストーリー展開自体がコウトウムケイにぶっ飛んでいるので、「世界設定」の緻密さなんて目立たなくなっちゃうんですけどね(^ ^;ゞ。っていうか、なまじ「世界」がしっかりあるから余計にストーリーとかキャラクターのアラが目立つことも多いし(^ ^;;;;;




まぁ、何が言いたいかというと。

たとえば、「エリザベート」におけるシシィのキャラクター。

ウィーン版では、この人が主役です。
タイトルロールで、かつ、主役。それも、かなりエキセントリックなタイプの。

で。



最初に「おお」と思ったのは、「私だけに」の直前、ゾフィーと言い争うエリザベートが、夫に気づいて駆け寄る場面。
ウィーン版(私が観たのはコンサート版ですが)では、

「お母様が苛めるの!フランツ助けて、あなたが頼りよ!」
「僕は君の味方だ。でも母上の言葉には従った方が良い(それが掟なんだよわかってくれ←心の訴えを代弁)」
「…わかったわ。(でも今は出てって←ゼスチャーで夫を拒否するそぶり)」
「…(←何も言わずに、妻の肩をもう一度抱いて部屋を出る)」

そして、シシィは。
フランツが出て行ってから、閉じられたドアに向かって「あなたは私を見捨てるのね」と吐き捨てるように言うのです。


宝塚版では、なぜかこの台詞は、フランツがまだ部屋にいる間に口にされ、言葉の矢となってフランツの胸に突き刺ります。

なのに、フランツは何の言い訳もフォローもせずに背を向けて出て行くしかありません。
初見(宙組)の時、もの凄く違和感を感じたんですよね。
なんで?なんで?
だって、フランツはものすごくエリザベートを愛しているのに!!なんでココで何も言わないの!?

ガイチさんもユミコちゃんも、もちろんタカコさんも樹里ちゃんも、あの場面で出て行くのが凄く苦しそうだった。
芝居としても、そこで背を向けて出て行く男って役作りしにくそうですよね…?新婚の妻にそんなこと言われたら、とりあえず抱きしめて、「そうじゃないんだ。お願いだからわかっておくれ。我々には自由はないんだよ」と、(たとえシシィに理解してもらうことはできなくても)かき口説くくらいしたっていいと思うんです。

なぜ小池さんがそういう演出にしたのか、とっても謎だったのですが…


ウィーン版で、フランツが出て行った後、扉に向かって低い声で「私を見捨てるのね」と吐き捨てるシシィを観て。


宝塚版では、あの台詞をフランツに向かって言うことで、ほんの少しですがシシィに「甘え」が残っていることが表現されていることに気が付きました。

こんな風に言えば、フランツはきっとショックを受ける。
私がどんなにショックを受けているか、きっと判ってくれるわ。

フランツは、振り返って新婚の幼妻を見凝める。
軽く溜息をついて。
“いつか、彼女にも解る日がくるだろう。我々には、国を治める義務があるということに”


静かに背を向けて、部屋を出て行く新婚の夫。

それで余計に見捨てられたような気分になって、発作的に自殺を図る…

でも、思い直して「イヤよ、あたしはあたしよ!」と開き直って「私だけに」自分の人生を捧げるのだ、と自分自身に誓う宝塚シシィ。


でも。
この時も彼女は、まだフランツに対して情を残している
晩年、シシィは「あの方が皇帝でなかったら良かったのに」とこぼしたそうですが、まさにそういう心理なんでしょうね。恋ではない。愛でさえ、ないかもしれない。でも、感謝の念があり、尊敬の気持があり、夫に対する情がある。

そしてそれが、「夜のボート」の“二人でも独り”寂しさにつながっていく…。



でも。
ウィーン版では。

この時すでに、シシィは戦闘態勢に入っているんですね。

私が観たのはコンサートバージョンで、小道具やセットが全然なかったのですが。舞台版では「私だけに」前の自殺未遂シーンはあったのでしょうか?

コンサートバージョンでは、怒りのままに燃え上がるシシィのオーラが見えるようで。
「あなたは私を見捨てるのね…」<「だったらもう知らないわ!」<<「そうよ、私は私だけのものよ!」と、どんどんボルテージがあがっていったのが、観ていて気持いいくらいでした。

その、絶唱。


真実の「エリザベート役者」が歌う「私だけに」を、初めて聴いた心地でした。



「私だけに」という曲、この曲はまさに「エリザベート」の全てであり、この一曲で誓い、想い描いた人生を歩もうとする一人の女性の人生を語ることだけが、この作品全体のテーマである、と。

そんな、作品鑑賞の基本中の基本に、やっと気づいた日でした。






それから、面白かったのが、フランツの浮気を教えられてトートと言い争う場面です。

宝塚版では、シシィは「彼が罪を犯したなら、私は自由になれる!」と叫んでトートを拒否するのですが、
これがまず最初の敗北、と彼女は(観客も)認識します。
この敗北で彼女は放浪の旅に出て、扇で顔を隠すようになる。



でも。
ウィーン版では、この場面のシシィはまさに「勝利の雄叫び」をあげているように見えました。

彼女にとってはまさに勝利。もう我慢する必要はないのだから。

今まで彼は誠実だったから私もあんまり無茶は言わなかったけれども(←本当ですか?)、負い目を感じていたけれども。

これからは彼の方が私に負い目を感じるんだわ!



この勝利と引き替えに、彼女が喪ったものは、おそらくは、皇帝への信頼と、それによって支えられていた自己への不安…




自由を得て放浪の日々に遊ぶシシィ。

そこには、自由を勝ち得た勝利の喜びと同時に、「皇帝の心をとどめられなかった」自分への敗北感、とくに容姿の衰えに対する恐怖(というか認識)が強い。

だから。
結果として、自分が「美しくいること」に固執しすぎて、それ以外のすべてを切り捨ててしまう。

…息子への愛も。




トートがルドルフを誘い込む。

「崩壊しつつあるこの世界を、お前が救うんだ」
甘美な誘い。


権力を掴まなくては、弱者を救うことなどできない。
優秀なルドルフは、優秀ゆえにそのことを熟知している。

ことなかれ主義で中道を選びたがる父親には、この世界を支えることなどできないと。


そうして、ルドルフは父皇帝に叛旗を翻す。

王朝の将来をめぐっての激しい口論。いずれナチスという大嵐に育つ「ドイツ民族主義者」たちのユダヤ排斥運動に、「HASS(憎しみ)」に揺れる、巨大都市ウィーン。

ユダヤ人であるハインリッヒ・ハイネを愛する皇后エリザベートと、その愛息ルドルフ。
彼らの存在がウィーンを揺らす。

それも知らず、放浪先のギリシア(コルフ)でハイネの夢を見るシシィ。
彼女は選び間違えた。一番最初、フランツの手を取った時に。
だから、もう、戻れない。
「パパみたいになりたかった」「パパみたいになれない…」
寂しい呟き。


そして。
ウィーンに戻ったシシィを、ルドルフが訪ねてくる。
(宮廷に帰ってくるんじゃないんですね。もしかしたらウィーンじゃないのかもしれない。とにかくシシィの居所に息子が訪ねてくる場面になっている)


エリザベートは全く心を閉ざしている。
宝塚(月&雪再演)版のように、「子供すぎて」あるいは「天使だから」対応できないんじゃない。
完全に、全てに対して心を閉ざしている。

心を揺らせば、心配事を増やせばまた白髪が出来てしまう、そんな怯え。

世界と関わることに、怯えている。

ある意味彼女は、子供還りしているのかもしれません。
滅びようとする世界から、少しでも身を遠ざけようと必死で縮こまっている。

せつせつと。

宝塚版のルドルフの倍のフレーズでルドルフが訴える。
ただ、「お願い、僕を見て」という、ただその一言を。

でも決してシシィは見ない。
そこにいるのが息子でも、その父親でも、その冷たいかんばせは変わらないだろう。

「僕は病んでいる。僕の人生は空虚だ。それを埋められるのは妻じゃない。あなただけだ」

かき口説く息子。
…息子よ。それはマジで口説き文句に聞こえるんだが気のせいか…?

ま、それはおいといて。

母のいらえは。

「もう私はすべての束縛を断ち切ってしまった。たとえあなたのためであっても、皇帝との取引はもう二度としない」

女中に髪を整えさせながら、冷たい顔でそう告げる、母。

手を触れることさえ許さず(多分帳の中で顔も見せてはいないだろう)、言い捨てて、振り向きもせずに去っていく。

独り残された息子は。
肩を落として。

「…僕を見捨てるんだね」

マイヤーリンクへの、死出の旅。
…いや違う。マイヤーリンク、という死が、ルドルフに近づいてくる…。



…そういえば。

雪組公演での、(凰稀)かなめちゃんのルドルフが。

ピストルをこめかみにあてた瞬間に、思いっきり(口の端で、とかじゃなくて満面で)微笑む芝居にちょっとだけびっくりしたことを書いてなかったですね。

個人的に、かなめちゃんのルドルフは、あそこで嗤うキャラクターには見えなかったんですが…。
あの、運命にただ流されてきた薄倖の王子さま的な芝居には、悲愴な決意を持って自らの頭を撃ち抜く方が似合うような気がしたのです。

だから、そこでわらうのか、と思ったんでしょうね。

あそこで笑うと、ルドルフがものすごく弱い人に見えてしまうと思うんです。生きることが辛すぎて、逃げられるかぎり逃げて、逃げて、…で、「やっと死ねる」という芝居に見えるんですよね。

ルドルフって…そういう人だっけ?違うよね…?

まだ、撃った後に微笑む方がキャラクターとしては統一されているんじゃないでしょうか…?


いや、問題なのは、そこで嗤うか目を伏せるか、ということじゃないんですよ。
“ルドルフ”としては、それはどっちもアリだと思う。

ただ、そこに至るまでの15分をどう生きて、あの場面に辿り着いたか、が問題なんですよ。



あそこで笑うってことは、そこまでの人生で何をしなくちゃいけないか、ってところから役を作っていく…そういうことは考えたのかな?かなめちゃんは、とか思ってしまったのでした……。


…難癖つけているつもりはないんです。ごめんなさいm(_ _)m。
ちなみに私は、かなめちゃんが下級生の頃、樹里さんのコンサートに出演された時から大好きだったりします(^ ^;ゞ




ウィーン版では、まぁ、ウィーン版だからというよりはマテとルカスだから、というべきかもしれませんが。
マテに引きずられたまま連れて行かれてしまった、という印象でしたね………。
あれはあれで、ルカスの男っぽいのに脆さを感じさせる美貌と、マテの圧倒的なカリスマがあってはじめて成り立つ解釈だと思うので。
ウィーン版でも、役者が変わればそういうところの芝居や演出は変わっていくんでしょうか。それとも、かなり固定なのかなあ?うーん、こうなると、他のキャストも観てみたくなります(笑)。





…雪組公演を最初に観てから3ヶ月、やっと最初に思ったことを全部、書き終わったような気がします。ホント、やっとだよ…。

うん、やっぱり「エリザベート」は名作だ。

ウィーン版、というかオリジナルの作品も名作、
宝塚版も名作。

シシィとフランツとゾフィー、というハプスブルク家の3人の立ち位置、というか、関係がきっちり決まると、あとの芝居も作りやすくなるような気がします。

宝塚版では、

「子供」あるいは「天使」でしかないシシィ、
“自分とは別世界に生きる愛玩物としての妻”を、ひたすら愛おしむフランツ、
「国を憂える大人」としてシシィと対立するゾフィー、

そして、

「子供」あるいは「天使」であるシシィを、そういう存在としてまるごと愛し、求めるトート。



ウィーン版では、

一人の、生身でエキセントリックな大人の女であるシシィ、
そのシシィを、身も心も捧げて愛するフランツ、
「皇帝の黒幕」として、一人の「女」として、シシィと対立するゾフィー、

そして、

シシィの視る幻としての、トート。



なんか、いろいろ書いているうちにまた観たくなってきたよー(涙)。
思う存分、観れた方がうらやましーよー…





来日公演「ヘアスプレー」を観てまいりました。


…すっげー楽しかったです(^o^)♪
もうとにかく、理屈抜きに楽しいっ!!って感じ。



ストーリーのぶっ飛びようと、キャラクターのぶっ飛びようがちょうどイイ感じにミックスされて、不思議な演劇世界でした。
いやー、なんていうんでしょうね。
小理屈をこねてもしかたない作品、っていうのかな(笑)。
本当に楽しかった!


元気でポジティブな女の子のサクセスストーリーを縦糸に、カラードの差別問題を横糸に織られたタペストリーのような。


出てくるキャラクター、出てくるキャラクター、“まとも”な人は一人もいなくて、みーんなどこかしらぶっ飛んだ人ばかり。

でも、それぞれ一人一人が違う悩みを抱えて生きていて、
それを主人公・トレーシーの「ポジティブさ」「前向きさ」「パワー」で社会を変えて、個人の悩みをぶっ飛ばしていく、という構成。

メッセージは、トレーシーが、万事に後ろ向きで否定的な母・エドナを元気づけるナンバーで歌うとおり、
「自分に自信を持つこと、前に踏み出す勇気を持つこと」

その、見事に普遍的で時代を超えた、明朗で力強いメッセージ!!



この物語の「時代を超えた」力というのは、一つにはこの作品が本当にすみずみまで「60年代初頭のボルチモア」という時代性にこだわって作られているからなのだと思います。

ケネディ暗殺前の、「夢と希望に溢れた、まさに『健康的なアメリカンドリーム』の」アメリカ、
そんな、まさに「夢」の時代が劇場にあったのです。

…まぁ、私は実際に60年代に生きていたわけでも、ましてやアメリカの60年代がどんなものかなんて真実のところは全然知らないわけですが。

でも。
それでも、わかることはある。

トレーシーの母エドナに向かって、トレーシーが、そして街の人々が「Welcome to 60th!」と歌いかける華やかなナンバー!!
思わず涙が出てしまったほど真っ直ぐに、ストレートに、「そんな時代もあったんだよ」と語りかけてきて…

無邪気に夢を信じていた、アメリカの青春。
その残照への追憶と、
いや違う!過ぎ去ったわけじゃない、私たちももう一度「自分を信じて、一歩前に踏み出」してみたら何かが変わるかもしれないじゃないか!
という、純粋な夢が籠められているような気がして。


そういう夢を叶えてしまいそうなパワーが、劇場を満たしていました。



もうね。
ホント、「楽しい」は理屈じゃないんだなーと思いました☆


フィナーレ、客席を巻き込んでのダンスナンバー。
ま、日本人ですから(笑)、実際に踊っている人は少数なんですけど(^ ^;ゞ。
でも、なんだか「踊り出してしまう」雰囲気はちゃんとありましたよ♪振りが難しすぎて私には無理でしたが(T T)。

あー楽しかった♪






そして、この作品宝塚でやったら(絶対無理なんですけど)、すっごい楽しいだろうなーと妄想しながら帰りました。





キャストはね。

主人公トレーシーに彩乃かなみ、その母エドナ(大柄な男性の役)に越乃リュウは決定(笑)。
絶対に実現しない前提で、かなみちゃんのトレーシーとナホちゃんエドナの「Welcome To 60th」のナンバー、観て(聞いて)みたいです〜〜〜♪

で、自動的にリンクの瀬奈じゅんとシーウィードの霧矢大夢も決定。そしたら、祐飛さんにはぜひ、トレーシーのライバルとなる美少女アンバーを(←え”?あの衣装を着せたいだけ?)

トレーシーの親友でシーウィードと恋人になるペニーは、もう絶対に城咲あいちゃんで。すっごい良い役で、私はずーっと彼女を中心に話を追ってました(笑)。

シーウィードの母親は出雲綾さん、アンバーの母親は嘉月絵理さんで。

トレーシーの父ウィルバーは、小柄で細身の男性の役で…うーん(考え中)、本当は昨年退団されてしまった楠恵華さんのためにあるような役なんですけどねぇ(涙)、今だったら…瀧川末子姐さんに男装していただくのはどうでしょう。でなかったら研ルイスくんかなー?

…うわ、マジで観たくなってきた。楽しいだろうなあ♪♪
(……え、いいのか…?/冷汗)






「ザ・ヒットパレード〜ショウと私を愛した夫」を観てまいりました。

先月末はどうにもこうにも風邪をひいて咳が止まらず、早く寝ることばかり考えていたので更新も滞っていたのですが。
そんな中でも咳止めを飲んで結構舞台は観ておりました(汗)。
……近くの席になった方、ほんとうにごめんなさい…m(_ _)m。


さて。
久しぶりのル・テアトル銀座。
えーっと、最後に観たのはなんだったかな?結構見やすいし、音響もよくて椅子もよくて、と好きな劇場の一つなのですが、そういえばしばらく来てませんでした。
ま、作品的には割と下町っぽい雰囲気の作品なので、本当はテアトルより博品館とか、もっと親しみやすい劇場の方が似合ったんじゃないかなーとか思ったりもしましたが…

演出は山田和也。
私はこの人、こういう小さな劇場のコメディを専門にやるべきだと思うんですよね…。とりあえず、シリアスなグランドロマン系ミュージカルとか、耽美系の作品には向いてないんじゃないか、と。
あんまり緻密な作風ではなく、どちらかというと“出ている人が動きやすい舞台を作る”演出家、というイメージなんですよねー。しっかり世界観を作って、その世界に役者を合わせさせるタイプではなくて。
脚本がしっかりしていて、自分で動ける役者に恵まれれば、びっくりするほど面白い舞台を作る人なんですけどね…。

今回の作品は、そんな彼のイイトコロとワルいトコロ、両方出たなーと思いました。


脚本は、こないだ観た「魔法の万年筆」と同じ、ラッパ屋の鈴木聡。やっぱり巧いなー。なんかね、さりげなーく遊びを入れているところがかっこいい!まぁ、私は正直、あんまりわからなくて青島元都知事ネタくらいしか反応できなかったんですが、隣の席の方はいろんなところでくすくす笑いっとおしでした。
わかんなくて寂しかったです

パンフは買い損ねたのですが、その辺のネタばらしは載っていたのでしょうか?そういうこだわりやトリビアは、絶対パンフには入れてほしいです。公式サイトにもチラシのトリビアは載っていたけど公演内容のトリビアは無かったんだよね(涙)。


で。
全体としてどうか、というと…
私は正直、渡辺プロには何の興味も思い入れもなかったりするので(滝汗)、小ネタはサッパリわからなかったのですが…
でも、小ネタなしでも、人間模様としてはしっかり書き込まれた面白い脚本でしたし、役者が全員めちゃくちゃ嵌りで、とっても楽しかったです。

大がかりなショー演出に弱い山田さんなので、ヒットパレード(3回だったかな?)がどれもこじんまりしてしまった(歌い手はどれも最高だったのに)のは残念でしたが。

まぁ、どこまで脚本なのか、ヒットパレードの選曲・構成とか、そういうのは誰がしたのかなー(音楽監督の宮川さんか?)?という疑問は残ったのですが。
こういう、芝居とショー部分が有機的につながるはずの作品って、脚本と演出と音楽、誰が音頭を取って、どういうふうに作っていくんでしょうねぇ…?その連携は、あまりうまくいっていなかった(ショー部分がわりと唐突)ような気がしたことは、事実です。



という訳で。

もっとショーアップされた作品を予想していたので、思いの外シリアスなお芝居だったことにとまどいつつ、それなりに“とっても楽しかった”のですが。

でも、やはり、この『時代』をリアルタイムに(それもナベプロに思い入れを持って)生きていた人ならさぞ面白かったんだろうなあ、と思う部分も多くて。
ちょっと置いて行かれた感もありました。


それと、私には最後まで渡辺晋さんの偉さっていうのがよくわからなかったなぁ(^ ^;ゞ、っていうのは、作品としてはどうなんでしょうねぇ……
(だって主役は戸田さんだったもんっ!!)


再演されたら行くのか?と聞かれれば、
敬子ちゃんとRAG FAIRが出るんなら行くよ、と、

…そのアタリ、私に冷静な評を望んでも無駄、って感じですケド(^ ^;ゞ



お目当てはお二人。堀内敬子嬢と北村岳子さま(←さまかよ)
そして、もちろん戸田恵子さんに落ちました。
すげー!!かっこいー!!
何度も舞台で観ているし、うまいひとだということは勿論知っていたのですが。いやー、今までノーチェックだったことを反省しました。また舞台に出てくださいね♪


敬子ちゃんも文句なしに良かったです♪
元々芝居が大好きで凄く出来る人なのに、四季ヒロインとして育てられたイメージが強すぎて、ヒロイン芝居するとどうしてもそのイメージから抜け出せない、という悪循環の中で苦しんでいた時代もあったのに…すっかり遠くなりましたね。
あの可愛らしい容姿にカンペキな歌唱力で、しかもあの芝居力。
うん。ザ・ピーナッツ、って、なんで!?とか思っていたのですが、あんなに嵌り役だと思いませんでした。今の彼女は本当に輝いていて、何時みても最高です。これからの活躍を心から祈っています♪


ザ・ピーナッツの片割れを演じた瀬戸カトリーヌ。彼女は「オケピ!」以来、かな?何かで観たような気もしますが。
成長したなー、と。年齢は随分違うはずなのに、彼女が姉役で敬子ちゃんが妹、というのにちょっとウケました。(いや、ピーナッツだからそれは関係ないんですけど)


北村岳子さんはいつ観てもいつもステキなので、あえてノーコメント。

そして、今回の主役の片割れ、RAG FAIR。
すごーい!こんなグループがあったんですね〜〜!!
(←無知)す、す、すみませんm(_ _)m。
ちょっとあんまりステキだったので思わず公式サイトにリンクしてみたりして。
http://www.ragfair.jp/index.html

いやーカッコよかったです。渋谷のライブはもう売り切れかー、とか凹みつつ、またこういうショー系の作品に出てくれるのをお待ちしております♪♪



選挙、行きましたか?
朝行けばよかったのに、今行こうと思ったら雷鳴ってるし(涙)はやく行っちゃえ雷雲。


サイトもやっと復活しましたねー。3日ぶり?4日ぶり?
私はこのサーバーが落ちた時、2時間かけて「Wicked」の感想を日記に書いていました。
で、「さあ書けた!GO!」と「書き込む」ボタンを押したら。
……サーバーエラーでなくなっちゃった…。


というわけで。
簡単に、劇団四季劇場・海で上演中の「Wicked」について。

劇団四季は、宝塚や東宝と違ってキャスト発表しないのが基本ですが、大作初演については話題作りも兼ねて発表しています。
もう開幕して1ヶ月以上たってしまったのでちょっとドキドキしていたのですが、無事開幕キャストで観ることができました。

西の悪い魔女・エルファバ 濱田めぐみ
南の善い魔女・グリンダ  沼尾みゆき

私はこの作品、BWでオリジナルキャストを観たのですが、エルファバのアイディナ・メンゼル(トニー賞主演女優賞受賞。「RENT」オリジナルモーリーン)もそれはそれは素晴らしかったんですが
一番印象に残ったのはグリンダ役のクリスティン・チェノウェス(以前「君はいい人、チャーリーブラウン」のサリー役で助演女優賞受賞)。コロコロと鈴を転がすような、まさにピッコロみたいなコロラトゥーラソプラノに、コケティッシュで可愛らしい、ちょっとマンガチックな芝居。
このキャラクターは日本にはいないよねー、と同行の友人と話していたのですが。

沼尾みゆき。
「オペラ座の怪人」クリスティーヌは残念ながら当たったことがないのですが、素晴らしいグリンダでした。
もちろん、オリジナルの可愛らしさ、本当に目を離せない、何をするかわからない非現実感、ファンタジックな魅力、いかにもシャボン玉の船で飛んで来そうな軽やかさ、というのは及ぶべくもないのですが。
四季にしては随分と軽やかに、可愛らしく育ったものだな、と感心しました。


そして、エルファバの濱田めぐみ。
前半はちょっとキャラが合わない感じでしたが、1幕ラストの「Defying Gravity」あたりから本領を発揮しはじめて、2幕の「No Good Deed」は素晴らしかったですね。迫力。
生真面目で正義感の強いいじめられっ子、(でもあんまり苛められている事実に気づいてない)ニブさと純粋さ、そして優しさ。
視野の狭い、思いこみの激しいタイプで、本来濱田さんには「アイーダ」のような、終始生真面目なキャラクターの方が得意そうな雰囲気はありますが、今の四季なら濱田さんしかいないよなーと思ったエルファバ役。無事観ることができて本当に良かったです。




BWで観た時は、英語がさっぱりわからなかったので話は全然わからず…(^ ^;ゞ、だったのですが、今回やっと日本語で話を理解することができまして。
話そのものもすごーく面白かったですね。
この「Wicked」の原作であるマクガイアの「オズの魔女記」を、読んでみたくなりました。

単純に「善い魔女グリンダが実は腹黒、悪い魔女エルファバが正義の味方だった」という話なのかと思っていたのですが。
全体としては「二人の正反対な女の子の友情物語」。

「悪い魔女エルファバ」は、だいたい予想通りの「正義の味方」っぷりで、ちょっと視野が狭くて強引なのは「いじめられっ子で人づきあいが下手だから」という理由付けがされていました。
対する「善い魔女グリンダ」は、なんというか「アイドル」。最初は自分で「アイドル」を演じて(思いこんで)いるだけの「頭が空っぽの女の子」なのですが、後半はまさに「作られたアイドル」そのもの。
その自覚と悲哀が、すごく切なかったです。
特にラストの「Finale」は………かなり泣けました…。
アメリカでも、こういう「痛い」話が受けることあるんですねぇ…。




「Wicked」。
「オズの魔法使い」で退治される西の悪い魔女を主役にした物語。
日本でいえば、「桃太郎」に退治される鬼ヶ島の鬼を主人公にしたような作品、なんですよねきっと。そのくらい、「オズの魔法使い」のおおまかなストーリーっていうのはアメリカ市民の身体にしみこんでいるんだろうな、と…。

なので。
簡単に、「オズの魔法使い」のストーリーをご紹介したいと思います。

これからフランク・ボームの「オズの魔法使い」を読む、または映画「オズの魔法使い」を見る予定の方は、ネタバレしていますので以下の引用文は読まないでください。
「Wicked」を観にいく予定だけど、そういう事前のネタ入れはしないつもり、の方だけ、ご参考までにどうぞ。


・「オズの魔法使い」は、そもそも、カンザスの小さな家に住むドロシーという女の子が、家ごと竜巻で「オズの国」に運ばれてくるところから始まります。

・ドロシーは、終始カンザスに帰ることしか考えていない。

・そこに現れた「北の善い魔女」がドロシーに「黄色いレンガの道をまっすぐに行き、都にいる偉い魔法使いにお願いすれば、きっとカンザスに帰れる」と言い、ドロシーは子犬のトトと共に旅に出る。
※これが2幕のストーリーの裏で進む物語。また、映画ではここに出てくる「善い魔女」もグリンダだが、原作では違う。

・ドロシーの家が飛んできた時、東のマンチキン国の支配者「東の悪い魔女」の上に落ちて魔女を殺してしまった。家の隅から魔女の足だけが見えていたので、ドロシーはその足から銀の靴を取り、自分ではいて旅にでる。

・エメラルドの都への旅の途中で、心のないブリキのきこり、脳みそのないかかし、勇気のないライオンと出会い、それぞれ心・脳みそ・勇気を貰うため、共に魔法使いに会いにいく。

・『エメラルドの都』がキラキラ輝く素晴らしい緑色をしているのは、都に入る時に渡される緑の色眼鏡のため。

・都で出会ったオズの魔法使いは、さまざまな姿を持つラスボス。「西の悪い魔女を倒したら全ての望みを叶えよう」と言う。

・ドロシーは、翼のあるサルに襲われたりいろいろありつつ西のウィンキー国・魔女の住処へ捕らえられた。奴隷のように働かされるが、言い争いの末、手近にあったバケツの水をぶっかけたら魔女はとけてしまった。

・エメラルドの都へ戻ると、オズの魔法使いは実は、オマハかどこかから来たケチな気球乗り(?)で、魔法使いでも何でもないことが判明。恐ろしい姿はどれもただのトリックだった。

・でも、なんだかんだ適当なことを言って一行の望みをすべて叶え、ドロシーも銀の靴の魔法でカンザスへ帰ることができた。




さ。それでは。
土砂降りにもくじけずに選挙に行ってきます……(T T)。



のっけから関係ないタイトルにしてしまいましたが。

どんなことにも幸と不幸の両面があるもので、一方的に極悪なだけという事象は存在しない、ということわざどおり、
ミュージカル『「レ・ミゼラブル」短縮版』という極悪なシロモンにも、良い面があったという幸いな発見がありました。


あのね、

「短縮版」になって、上演時間が3時間ちょっとになったおかげで、帝国劇場「レ・ミゼラブル」→東京宝塚劇場というハシゴが可能になったんですよっ!!(休日ね)




……この日記を読んでくださっている9割9分9厘9…の方には全く無関係な幸いで申し訳ないみたいですが。

幸は幸、なので、
書いておきたかったんだもん♪(←‥)



レ・ミは、どうしてもキャストで観たい回が決まってしまうので、昔の上演時間3時間半だった頃は、宝塚とハシゴしようとするとソワレしか取れなくて悲しかったんだもーん!

遠征組でもないのに何故ハシゴしなくちゃならないのか?とゆーと、単に、普通でない回数(←どっちも)を観劇したいのに、仕事が夜遅いもんで休日に集中するから、なんですけどね。




ま、そんな余談はさておき。

2007年帝国劇場「レ・ミゼラブル」20周年記念公演。

まさに「禍福は糾える縄のごと」き物語。
だって、ファンテーヌの不幸がなければバルジャンの幸い(=コゼット)は無かったわけですから。

「禍福」あるいは「犠牲と恩寵」?
…それは、常に共にあるものだ、と。
人は支払った分だけを受け取るのだ、と言ったのは誰だったでしょうか。

ジャン・バルジャンが支払ったものと受け取ったもの。
ジャベールが支払ったものと受け取ったもの。
コゼットが、マリウスが、支払ったものと受け取った(=背負わされた)もの…

それでも時間は音もなく過ぎゆき、
人の世は今まで通り回っていく、回っていく…。

革命があっても、砦が落ちても、
生きている人は生きて行かなくてはならないから。




「レ・ミゼラブル」は、日本においてはそもそもの初演から「全役オーディション&ダブルキャスト」で話題を集めて、20年目の今年にいたるまで続いているわけですが。
20年たった今、「レ・ミゼラブル」は、ダブルキャストどころか「全役4人づつ」というとんでもない状況で上演されています…。


私も結構がんばったんですけど、それでも偏りはあって、殆どのキャストを三人づつ観たかな?SPキャストを観てる役もあるので、観たキャスト観てないキャスト、半々って感じ?


中で、おお、これは掘り出し物かも?と思ったのが、新人マリウスの山崎育三郎さん。
声が良くて、歌にきちんと抑揚があって、聴かせる力がある。容姿もキレイだし小柄だけどスタイルが良くて、結婚式の衣装も似合うし。まだまだ芝居は青いんですけど、まぁ若さが光っているから今後に期待したいな、という感じ。

マリウスっていうのは、コゼットと共に作品全体を最後にハッピーエンドで終わらせるための「光」になる役なので、「感じのよさ」っていうのが凄く大事なんだと思うんですよね。ビジュアル重視っていうのとはちょっと違うんですけど、パッと見て「あ、いい人なんだな」と思わせる雰囲気がないと難しい。

その上で、あんまりダサすぎるとエポニーヌが惚れるのがわからなくなるからある程度のビジュアル(貴族に見えることも重要)は必要だし、
あんまり美形すぎると今度は「ごめん気づかないで〜♪」がただのナンパになってしまうので……

絶妙のバランス、って奴が必要なわけですが、山崎くんはちょうど良いいんじゃないかなーと思いました。文句なく好青年でしたし。

今回はタイミングが合わなくて見逃している泉見洋平さんのマリウスは、2003年に見た時すんごい気に入ったんですよね。彼も小柄ですが、真剣な瞳が格好よくて、革命に燃える熱血マリウス。「カフェ・ソング」が物凄く良かった。
うーん、思い出すと聴きたくなりますねぇ。やっぱりもう一回増やそうかなーーーー。


コゼットは、2003年の劔持たまき・河野由佳のお二人があまりにも素晴らしくて、6月に観たときは「あれ?」と思ったのですが…(ごめんなさい)。個人的には菊地美香さんが超可愛くてお気に入りです。他のお二人も悪くはなかったですし、特に辛島小恵さんは素晴らしい美声で聞き惚れましたが…うん、菊地さんホントに可愛かったなぁ〜♪♪



ジャベールは、やっぱり(元々ファンだったせい?)岡幸二郎さんが頭一つ抜けている印象ですね。声の強さといい、迫力といい。石川禅さんももちろん素晴らしいんですけど、やっぱり私は禅ちゃんにはバルジャンをやってほしいんですよね。声も風貌も、絶対バルジャン向きだと思うんですよー。………禅バルジャンに岡ジャベール、純名里沙ファンテーヌ、とか……観たいよーーーっ。


バルジャンは…なんだかんだ言ってもやっぱり別所哲也さんかなあ…。歌も芝居も好みなので。ただ、以前観た時は本当にバランスのいいバルジャンだったのですが、今回はちょっと熱血というか、熱くなりすぎちゃってるような気がしました。
最初に観た回がSPジャベールだったので、大先輩で憧れの人・鹿賀丈史さんと共演できて舞い上がってる感じだったので、そのせいかもしれませんが。

そして、ずっと楽しみにしていた橋本さとしさんのジャン・バルジャン。
……小柄だ…。
今まで、小柄なバルジャンって日本にはいなかったんですよね。鹿賀さんも滝田さんも大きいし、山口祐一郎さんはもっと大きいし。別所さんも今井清隆さんも、今夏は出ていませんが石井一孝さんも皆長身で、バルジャン陣より大きい人ってほとんどいませんでした。

でも。
今回、たまたま橋本バルジャン&岡ジャベールの回を観てしまいまして(汗)、ジャベールより頭一つ小さいバルジャン、という組み合わせを初めて観ました。

…すげー。視界が全然違う…。


ジャベールの「見下し」感がもの凄くて、バルジャンがすごく突っ張って見えちゃったんですよね。風貌も若くてハンサムですし、ジャベールとバルジャンが対等か、ジャベールの方が格上に見えてしまったの。
なんかそれって話が違うよね、っていうか、岡さん、「馬車の暴走」でボケーっと観てないで助けに行けよ、っていうか(だってどう見てもバルジャンよりジャベールの方が力ありそうなんだもん)、

しかも、小柄なだけじゃなくて、橋本さんは細いっ!!
あの身体と筋肉量でそんな力が出るとしたら、きっと彼はサイボーグなのよ。(←どっかで書いたなそんな話)
プロローグの最初は、ツーロンの牢獄じゃなくて実はサイボーグの訓練所なのよ、とか、ファンテーヌが働いていた工場はサイボーグ工場で、とか、なんか色々エピソードを考えてしまいました…上演中に空想癖を刺激するのはやめてください東宝さん……(←勝手に妄想したくせに)


ま、そのへんの「どうにもならない」ポイントを除けば、芝居はものすごく好きでした。なんていうのかな、すごく“犠牲”の強いバルジャンだと感じました。自分の幸せのことなど何一つ考えず、すべてをコゼットに捧げて、コゼットがマリウスと共に行ってしまうと完全に抜け殻になってしまう…そんな感じ。

夜空の月に手を伸ばして、届かないと言って怒るのが別所バルジャン、届かないと言って嘆くのが橋本バルジャン、というところでしょうか。

ただ、私が観た回は残念ながらマイクトラブルが多く、歌についてはあまりコメントできない感じです(涙)。「ミス・サイゴン」のエンジニア役では歌は素晴らしかったので、多分バルジャンも問題ないだろう、とは思いますが(^ ^)。
しっかしハンサムだった。しかも、ファンテーヌに完全に惚れてたな(苦笑)。

エポニーヌは、私は笹本玲奈ちゃんが前から好きなんで。可愛いし巧いしけなげだし。私は本田美奈子さん(ご冥福をお祈りします)のエポニーヌが本当に大好きだったのですが、なんとなく雰囲気に共通点のあるエポニーヌだと思っています。
歌だけなら新妻聖子さんの方が美声だし技術的にも巧いんですけどね…。この辺は好みの問題ですね〜。(←勝手書いてすみません)



アンジョルラスは、マイベストアンジョルラス=岡幸二郎さんを別にすると………うーん、難しい(汗)。
とりあえず、声は原田優一さんの空気を切り裂くような強い声が、アンジョルラスっぽくていいなーと思いました。ただ、まだちょっと金属的な響きがまざっているのと、ハイトーンで伸ばすところで支えきれずに揺れることがあるのが気になったといえば気になりました。
でも、まだ若いしとにかく美声なので、常に発声を見直しながら訓練していけば、どこまで育つのか、末恐ろしい人だという印象です。とりあえずは数年後の再演がすごく楽しみです。

…ただ、小柄でスタイルがイマイチなのが残念…(涙)。
小柄でも東山義久さんみたいにバランスが良ければ全然問題ないんだけどなー。

バリケードで一番(ガブローシュを除く)若くて小柄で子供体型なのがアンジョルラス、という構図が…ある意味萌えますけど。(←萌えるんかいっ!)



テナルディエは、なんたってもう、安崎求さんに吃驚仰天!だって彼、元マリウスですよ!?間がだいぶ開いているとはいえ、マリウス→テナルディエ!!前代未聞なんじゃないでしょうか?

…いや、良かったです。素晴らしかった。格好良くて美声で、猫撫で声と威嚇声との使い分け、嚇しつけるときの迫力と、コゼットを売る交渉の時の強弱。いやー、「神のない」世界に生きるひとのしたたかさを存分に表現していらっしゃいました。素晴らしかったです。

今期はまだ大好きな駒田一さんのテナルディエを観ていないのですが、また遊びまくっているんでしょうねぇ〜。テナルディエは年齢制限のない役なので、つい「どうせ次の公演でも観られるだろう」と後回しになってしまいがちなのですが、駒田さんは大丈夫だよね……?

テナルディエ夫人
これは四人四様、役作りにも旦那さんとの関係にも工夫があって面白いです!!…だから、夫婦総当たりしようと思ったら16回観なくちゃならないクァトロキャスト、やめてくれってば>東宝(涙)。




…アンサンブルについては、長くなるので今は割愛(^ ^)
東京會舘ミュージカルサロン「樹里咲穂 vs 戸井勝海」の続き。



…っていうか、ふと気が付いてしまったんですが。
私ってこの日記を書き始めた当初から、樹里ちゃんに関してはかなり熱心に毎回いろいろ書いているつもりなのですが、樹里ファンの方はあまりいらしてくださってないんですよね…(涙)。リンク元にもほとんどないし、寂しいなー…。



ま、そんなツブヤキはおいといて。



ちゃきちゃきとした、ちょっと早口の関西アクセントで可愛らしく囀る樹里さん。
響きのいい低音にゆったりとした口調で、トボけたことを話す戸井さん。

コマドリと大型犬のような、とか言ったらファンの方に申し訳ないみたいですが(^ ^;ゞ
このお二人のテンポの良さというか、相性の良さというか、ほのぼのとした空気にすっかり嵌ってしまったトークコーナーでした(^ ^)



さて、次は。
「おもしろいお兄さんとお姉さんにならないように」歌のプレゼントをします、と言いながら。

まずは喉を潤して、と言って戸井さんが水を飲み、その間を樹里さんがつないで。
で、次は樹里さんが水を飲むので戸井さんがつなぐのですが…
その間が、また何とも…。戸井さんはキョドりつつなんとかつなごうとオロオロするばかりだし、樹里さんは面白がっちゃって、水を飲みながら上目づかいに戸井さんの方を見てるし。
こういうコーナーとコーナーの間で意図せずに笑いが取れる戸井さんってすごいな〜(笑)。



二人とも準備が出来ると、ピアニストをあらためてご紹介。「国井雅美」さん、普段は東宝などでピアノを弾いていらっしゃるそうです。
樹里さんとは新宿コマの「シンデレラ」で、戸井さんとは「レ・ミゼラブル」などで一緒だったと仰っておられましたが、レ・ミ帝劇90周年カンパニーの稽古ピアニストにお名前があるので、単にオケで弾いていらしたというより、もっとスタッフよりの方のようでした。



ソロの一曲目は、樹里さんの「Patterns」(ミュージカル「ベイビー」より)。

「ベイビー」という作品は、一幕ラストの「The Story Goes ON」が有名な名曲で、コンサートとかでもよく歌われるし私も大好きな曲。
なので、樹里さんが「ベイビーから」って言った時には物凄く期待してしまったのですが(苦笑)。
実際に歌われた曲は、2幕のナンバーですね。作品自体を観たこともないしCDを聴いたこともないのでわからないのですが、非常に構造が複雑で難解な、だけどものすごく甘美なメロディ。

すごくいい曲で、樹里さんの柔らかくて深みのあるまろやかな声に雰囲気がぴったり合っていて、すごく美しかった!!この曲を聴いて、CDを聴いてみたい〜!と思いました。(まだ買ってないけど)



次は、戸井さんで「ANTHEM」(ミュージカル「チェス」より)。
「Mr.PINSTRIPE」でも歌われたソロですが、戸井さんの柔らかい高音が会場全体を包むようで。
雲が切れて光がさしこんでくるような、
ふわっと浮き上がるような、幸せな空間になりました。

私は以前、この歌を某コンサートで岡幸二郎さんが歌われるのを聴いたことがありまして。
岡さんは、あの強く気高い声で朗々と歌いあげて、まさに「何かが降り注ぐような」ラストだったのですが。

戸井さんの柔らかな高音と豊かな響きは、また全然違う雰囲気で。まるで別の曲のようでした。
実際、「Mr.PINSTRIPE」で聴いた時は、しばらく「この曲絶対知ってる曲なんだけど何だっけ…」と考えていたくらい(汗)、歌い手が違えば別の曲、という感じでしたね…。




2曲ソロを聴かせていただいた後は。
…ゲームコーナー、でした。

テーブルごとに一人代表者を決めて、万歩計を持ち、30秒で一番カウンターを稼いだテーブルが勝ち

お茶会だな?お茶会だろソレ?



樹里ちゃん・戸井さんも、それぞれ某テーブルの代表者として参加。25人(?)くらいの人が、舞台前に一列に並んで真剣に万歩計をつけている図は、大変面白うございました…。
(勿論代表者は他の方に押しつけました♪)

しかし。

篭を持って一人一人万歩計を配り、使い方を説明して、しまいにはつけてあげたり、大活躍な戸井さん。
参加者と一緒に「どうすればカウンターがあがるか」を真剣に検討している樹里さん。

…スター、なんだよね?二人とも…?
緊張しているファンが見あたらないのは何故だ…。



しばーらく練習とか相談とかをした後、一番前のテーブルの方が時計を持ってカウントをスタート。

30秒後、「STOP!」の声がかかるまで、
…ロングドレスのスリットから脚を丸見えにしつつ小刻みに脚を動かしてカウンターを稼ぐ樹里さんが、メッチャ可愛かったです…。

結果発表。
樹里さんは144。
戸井さんは24。
…ま、お約束ですね……。さすが外さない方だ、戸井さん。

優勝は若いお嬢さんで、198だったかな。樹里さんもかなり良い成績だったことが判明して、身体を張ったゲームは終了いたしました。
戸井さんはびっしょり汗をかいていらっしゃいましたが。
…24だけどね……。



その次は、質問コーナー。
食事をしている間に集めた質問を読んで答えてくれました。
全部は覚えていないので(すみません)、一部抜粋で。

樹里さんに。「最近お気に入りのファッションは?」

最近やっとスカートを穿くようになったので、ファッションの幅が広がりました、とのこと。

戸井さんが「俺はまだ見せてもらったことない…」と拗ねてしまったので、「今度穿いてくるね」「うん。今度ね」という、なんだかお前らどこの高校生だ、みたいな会話を繰り広げていらっしゃいました。



「舞台での失敗談は?」

樹里さん:あまりしないけど、宝塚の下級生時代に大きいのがあった。
パーティーに来たスター、という設定で、登場してライトを浴びて、かっこつけてグラサンを取ったら、まつ毛を一緒に取っちゃった。(!!)
起こってしまった事実よりも、「その後はずーっと横向いて芝居してた」とか「エブリタイム ウィンク」とかいう樹里さんのコメントが最高におかしくて、爆笑でした。



戸井さんへ。「最近髭役が続いていましたが、髭は好きですか?」

好きか、といわれても………(誤魔化して終了)
あまり伸ばしたことがない。役によってモミアゲつけたりすることもあるが、1日に何回もつけたり外したりするとだんだん永久脱毛されたみたいに生えない箇所が出来てきて、まばらになってしまうのだそうです。

そして「髭って意外と匂いがつきやすい」という話で終了しました。

そのへんで、樹里さんが「でも髭が生えてるのって羨ましい」みたいなコメントを。
「つけ髭が取れてひらひらしている時ほど、笑いをこらえるのに辛いものはない」という話で盛り上がり、あげくに「つけ髭の付け方講座」が始まり、「覚えておいてくださいね。いつ、何で必要になるかわからないんですから」と。

…いや、樹里ちゃん、普通の人が髭をつけるような事態になることはまずないと思うんだけど…。



二人に。「50歳、60歳になったら何をしていると思いますか」

美容院に行って「エビちゃんみたいにしてください」言ってる(樹里)
元気にイタに立ってる予定。…その為に何かしなくちゃまずいのかなー…(戸井)



そんなところで時間切れ(T T)。

最後にデュエットを一曲歌って、それで終了でした。

最後の曲は。

なれそめの「花嫁付添人の秘密」から数十年(!?)後の二人、という設定で(←イヤそれはちょっと…)

「夜のボート」

一瞬どっちがフランツを歌うのか、迷ったのは私だけではあるまい。

歌詞も編曲もほぼ宝塚版で、フランツの比重が高くなってはいましたが。
樹里ちゃんのエリザベート、という、今まで考えたことのなかったキャスティングにも、その声質の合いようにも、あらためて驚きました…。


それにしても。
樹里さんと戸井さん、このお二人の声の相性の良さときたら。
もっともっといっぱい歌ってほしいなあ〜。

トークも本当に楽しかったですけど、博品館あたりで二人でコンサートしてくれないだろうか。
そしたら絶対通っちゃうんですけどねぇ…。



客席を通って、テーブル一つ一つに挨拶しながら最後列まで歩いて行かれて、そこで腕を組んで満面の笑顔で退場されたお二人。

お似合いで、本当に楽しそうな笑顔。



幸せな時間を、ありがとうございましたm(_ _)m。




レ・ミゼラブルを(また)観てまいりました。
えーっと、3回目、かな?今年は。

とりあえずもう一枚チケットを取っているので、細々としたことはそれを観た後で書きたいと思いますが、

ひとつだけ言いたいことが。

(ほぼ)全キャストをクァトルキャスト、って、カンパニーとしてあり得ないだろ東宝!!

一人ひとりの稽古量も本番経験も少なすぎて、「一座」としてのまとまりが感じられなかったのがとっても残念です。

私が通いつめていたころに比べたって、キャストの実力の平均値は段違いに高いのになぁ、もったいないよー(涙)。

もちろん、短縮版にしたことや音楽的にも編成が変わってシンセがたくさん使われるようになったことなどなど…で、全体の雰囲気が軽やかになったせい、ってのも大きいんですけど、

それにしたってクァトロキャストは多いだろ(涙)。何回観ればいいんだよっ。バルジャンとジャベールを総当りしただけで16回だぞ(@ @)絶対無理だーっ(涙)。




…ま、そんな愚痴はおいといて。
暇つぶしの思いつきをご披露してみたりして。

■レ・ミゼラブルを宝塚で上演するとしたら?(←また始まったよ)

ずーっと以前から、考えていたことが一つあります。
せっかく。
せっかく轟さんが各組を主演して回られるのであれば。
組トップがやるような役をやるのではなく、もっとスケールの大きい役をやってほしい!

その夢は、一部「暁のローマ」のカエサル役で果たされましたが…
まさに、ああいう役をするために轟さんが残ってくださったんだと思うんですよね。

シェイクスピアには結構そういう役が多くて、「ジュリアス・シーザー」のシーザー以外にも、「真夏の夜の夢」のオーベロンとか、「十二夜」とか。
日本ものだと、すぐ思いつくのが織田信長。秀吉とか徳川とか、そのあたりの世代を主役に描くときの信長。あるいは組のトップコンビに義経・静をやらせての頼朝編、とか。

そういう、トップコンビより格上の、主役ではないタイトルロール。主役の憧れの目標、あるいは主役とは別世界の、神様のような存在。そういった役を思いっきり演じていただきたい。

ずーっと、そう思っていたんです。


で。
轟さんは花→雪→星→月と年に一回づつ出演されてきて、今年は日生はありますが大劇場は無し…でも、きっと来年あたりには宙組に出られるんですよね?

そのときには。

学年にして10年(轟悠71期、大和悠河81期)違う組トップを相手に、どんな作品(役)を与えられるのかなーと思っていたのですが……


帝劇観劇中に、ふ、と思ったんです。
「ああ無情(レ・ミゼラブル)」はどうかしら。

ブーブリルではない、独自ので。
シェーンベルクではない、独自の音楽(いっそストレートプレイでも可)で。

ジャン・バルジャン=轟悠
マリウス=大和悠河
コゼット=陽月華

ココまで決定、で☆


あとは…

アンジョルラス=蘭寿とむ
コンブフェール=北翔海莉
グランテール=悠未ひろ…

いやいやいやいや!ジャベールを忘れているよ猫!!

ジャベール………
ともちんしかいないじゃん!?

というわけで、革命に燃える学生たちは

アンジョルラス=蘭寿とむ
コンブフェール=北翔海莉
グランテール=天羽珠紀
ジョリ=早霧せいな
フィイ=七帆ひかる(復帰をお祈りしています)
クールフェラック=十輝いりす
プルヴェール=凪七瑠海

…ってところかな?宙組さんはあまりよくわからないので、だいぶ不適切かもしれませんが(涙)

娘役陣は、

ファンテーヌ=美羽あさひ
エポニーヌ=花影アリス

和音美桜ちゃんには、ミュージカルでいうマテロット(フィイの恋人)あたりの役で、砦の跡での嘆きのソロを入れてあげていただければ。



轟さんのオーベロン、ウメちゃんのパック、ともちんかみっちゃんか七帆くんあたりのタイターニアで「真夏の夜の夢」なんてのも面白そうですけどね。
タニちゃんのライサンダー、蘭トムのディミトリアス、アリスちゃんのハーミアにまちゃみORたっちんのヘレナ。…なんか観たくなってきたぞ(^ ^;。

しかし。
「真夏のー」には役はこれしかないので、実際に大劇場で上演するのは難しいなー。まだ「レ・ミゼラブル」の方が学生を増やせばいいから何とかなるかな?(←真剣に考えすぎだから)

そう考えると、涼風さんの「パック」はどんな構成だったんでしょうか。可能ならばぜひ、ウメちゃんのパックを観てみたいんですけどー。


そんな戯言を呟いている暇がどこにあるんだ、と突っ込みつつ、思いついてしまったので書かずにもいられず。

でも、最後にひとことだけ。


レ・ミゼラブルは、私にとって永遠のナンバーワンミュージカルです…(^ ^;。



東京會舘ミュージカルサロン「樹里咲穂 vs 戸井勝海」に行って参りました。

この後には「鳳蘭 vs 麻路さき」とか「愛華みれ vs 東山義久」などなどの豪華キャストが控えているこの企画。
樹里&戸井っていうのは、規模というか豪華さというか、主宰的にはどうなんでしょうねぇ(^ ^; などと余計なことを考えたりしつつ、
ま、私的には大好きなお二人がひたすら喋って歌ってくれるという、最高に幸せな時間でした♪♪


「花嫁付添人の秘密」「Mr.PINSTRIPE」と、昨年の後半だけで2作に共演したお二人。

樹里さんのブログでも時々話題に出ていた戸井さん(花嫁…の公演中に登場してたもんね、ジェームズさん)、かなり仲良さそうだなーと思ってはいましたが。

案の定(笑)、めちゃめちゃ仲良しさんでしたー♪

お二人とも、なんか役者としても歌手としてもすごい実力派なんだけどどっか一本抜けているっていうか、あんなにシリアスな芝居してるのにどうしてトークでそういうこと言っちゃうかな!?っていうか(←言い過ぎ)、他の人と微妙にズレてるっていうか、

でも、そこが一番タマラナイ魅力になってるっていう……
そういうところが似ているお二人なんですが。


実に楽しい、トーク&ソングライブ、でした★



まずは普通にお食事。
3月のガラコンサートではどこかの「食堂」みたいな長机がびっしり並んでいたのにビビりましたが、今回は普通に丸テーブルでした。
お食事は普通に美味しい♪東京會舘はお食事がおいしくていいですよね♪でも、ドリンクは一杯だけで、普通のディナーショーみたいに飲み放題じゃなかったよ(T T) ←どんだけ呑むんだ



ショータイムの始まりは6時半。
もう少し遅ければ、せめて7時スタートだったら雪組のエリザベートメンバーが大挙しておしよせて…来たかも、とか思いつつ。
まぁこの時間じゃ無理よねーとは思いつつ、仲良しのユミコちゃんあたり、途中からでも来ないかなーと思って後方のテーブルを時々チェックしていたのですが、さすがにいらしてなかったですね。残念!(←何を期待しているんだ)


ショーの幕開きは、「ジキルとハイド」より「TAKE ME AS I AM」。

前奏の和音が入った瞬間に大興奮!の私。
…やっと戸井さんのジキルを聴けました……(感涙)。

そして、樹里ちゃんのエマ。
3月のガラコンでは、今ひとつピンと来なかった樹里エマですが。今回は本当に良かったです!!ドロシーの時も思いましたが、この短期間に良く声が出来ましたよね!不安定なところもなく、包容力のある声がエマにぴったりでした。

そういえば「花嫁…」では戸井さんと樹里さん、デュエット無しだったんですよね。声の相性良いなあ〜〜(*^ ^*)。うっとりするほど綺麗なハーモニーでした。
もっと聴きたかったよ〜(涙)。


樹里さんは黒(?)のロングワンピース。
…かと思ったら、スカートは前あわせになっていて、脚を上げたら腿まで丸見え(!)席が遠くてあまり良く見えなかったのが一生の不覚だった(涙)。

前奏の後、客席後方から登場し、客席を通ってまっすぐ舞台へ向かう構成だったのですが。樹里ちゃんは長いスカートにてこずって舞台にあがる階段を登れず、少し遅れちゃってました(笑)。で、歌い終わって挨拶した後、「このスカートがねぇ」といいながらつまんで見せてました。
…だーかーらー脚が丸見えだってば!
ごちそうさまでした★

戸井さんは、シルバー(?)のスーツに白いシャツ。なんていうか…肩丸出しの樹里さんと、重ね着して喉もとまで何か巻いてる戸井さん。生きている季節の全く違うお二人でした。
いやそうじゃなくて戸井さん、暑がりの汗かきのくせに、どうしてそういう暑苦しい格好をしてくるんだよ!?と小一時間(泣)。

樹里さんが、「男役の時はいろいろ巻いたり着込んだりしてたから気持はわかる」と共感していましたが…だからって樹里ちゃん、「戸井さんもドレスにすればいいんだよ。これ着る?」はないだろ…(嘆)(観たくな…)


ま、最初のデュエットのタイトルどおり、「ありのまま」のお二人でした。


最初のトークは、「トランプトーク」。
この企画は、特に「構成・演出」が居ないみたいで、多分全部二人で(というか、主に樹里さんが)考えたんだろうなあと思うのですが。
とくに、この最初のトークの間、樹里さんえらくグタグタでした。

いつもスカイステージで颯爽と仕切って司会している樹里さんと同じ人とは思えず(^ ^)。戸井さんが「俺すごくしっかりしてる気がする」ってコメントしてたのが爆笑でした。
そうだよね、いつも誰かに仕切って貰ってるもんね。戸井さんが仕切るなんて誰も考えないし期待もしないよねっ。(←どんだけ…)



ま、それはさておいて、トランプトーク。

最初は戸井さんで、「おすすめの食べ物」。

幡ヶ谷にある「ふるや古賀音庵」の古賀音だんご、だそうです。
黒胡麻と和三盆をまぶしたお団子で、とても美味しいそうな。ふるや古賀音庵のHPがあったのでリンクしておきます(←どこの回し者だ)
http://www.koganean.co.jp/home/index.html
戸井さんは「古賀政男先生が好きだったから古賀音っていう名前になった」と言ってましたが、ホントかなあ。昭和11年設立で店の名前も古賀音庵、なんだけど…。本来の屋号は「ふるや(富留屋)」で、「古賀音」は後からつけた…のかな?

しかし。
このコーナーの目玉は、そのおだんごのことではなく、樹里さんの「わさんぼん、って何?」という素朴な疑問と、それに対する戸井さんの「知らないの!?宝塚でしょっ?」という、これまた実に素直な突っ込みでした(^ ^)。
戸井さん、宝塚と和三盆はカンケイナイからっ。

…ま、気持はわかるが。(伝統芸能とか伝統工芸とかに強そうなイメージがあるんだろうな…)



その次は、樹里さんで「クセ」

樹里さんは、ディナーショーのMCやトークショーなどで袖が気になって「こうやっちゃうんですよ」と言いながら腕を上げたりさげたりの仕草をしてくれました。…すっげー可愛かった★
戸井さんは「看板とかに書いてある字を空中で書くらしい」という、意味不明で不思議なクセを披露してくれました。



次は戸井さんで「役作りの秘密」

脚本を貰ったら、まず脚本におけるその役の意味とか、場面ごとにこの人は何のためにこの台詞を言うんだろう、何のために出てくるんだろう、とか、そういうことを考える、ってことを言ってました。
で、そこをしっかり考えたらあとは成り行き
…さすがだ。ある意味、私が期待しているとおりの役作りをしていらっしゃる…。
全然知らなかったけど、それだからこそファンになったのかもしれないなあ……。

樹里さんは、役のイメージを考えて、自分と重なる部分を探す、という話をされていました。
去年のあの時、落ち込んだ時の気持、とか。
で、ちょっとでも重なるところを見つけたらそれを広げる。
どうしても重ならないところは想像する、と。
なんか樹里さんらしい役の作り方だな、と思って微笑ましかったです。以前祐飛さんも似たようなことを言っていたような気がするなあ…月組の芝居の作り方なのかな。

…モダンミリーの時は、プロデューサーに「パリス・ヒルトンで」って言われて「あたしパリス!」と思ってた、んだそうです…。すげープロデューサーだな…。


宝塚だと、割と声の高さとか歩き方とか話し方(速度や口調)、あるいは、それこそ役によって癖を決めるとか、そういう話をよく聞きますが。
それってやっぱり、先輩から後輩へ受け継がれてきた「型」があるからなんでしょうね。樹里さんはあまりそういうのに縛られないタイプでしたが、いわゆる「男役芸」というのとはちょっと違うところで、「芝居の型」っていうのはあるような気がします。
四六時中一緒にいて、ずーっと同じメンバーで芝居をしていたらそういうことになるんでしょうね。

戸井さんは「そういうのはやったことがない。先輩の役者とかによく『良い役貰ってんだからもっと考えろよ』と言われる」のだそうです。
彼は青年座研究所の出身なんですが、そこのメソッドなのかな?石川禅さんも同じ出身ですよね。表面に出てくる「役」の性格は、同じ役をしていても全然違うお二人ですけど、私は二人とも大好きなんですよねー(^ ^)。



その次は、樹里さんで「朝の日課」

「歩いてる」そうです。家の近所に大きな公園があって、そこを一周ウォーキングして家に帰るとちょうど一時間だそうで。
旦那さんと一緒に歩くのかな?一人なのかな?とか思いつつ。

戸井さんがそれを聞いて「同じようなもんだね」と言いながら、微妙に違う朝の散歩の話をしていました。この違いようがまた…

夢を売るフェアリーと現実の男の違いなんだろうなー。(←実感)(切ないので詳細は省略)

その後、「人を観察するのって面白いよね」という話になって、渋谷あたりのオープンカフェで通りがかる人をずーっと見ている話とか、そういう話で二人でえんえんと盛り上がってました。



次は戸井さんで「こだわり」

「…何かあるかな…」と悩んでいるうちに、樹里さんに「なさそう」とあっさり切られてました。
……うん。なさそうだよね…。

そのうち樹里さんがフォローに入りました。
樹「あたしのこだわり、言いましょうか?」。
戸「うん、助けて」
樹「突っ込み」
戸「…え?」
樹「あたしがボケて、突っ込みがすぐに入らないと怒る」
戸「………怒る?」
樹「しばく」
戸「………それを今言うか…」(←鈍くさいから絶対突っ込みとか無理)

こ、こわい会話だ……。

で、戸井さんが「くそぉ、俺も何か言おう。こだわり、こだわり…」みたいなことをぶつぶつ呟いているうちに、樹里さんが。
ふ、と。

「戸井さんって広島出身ですよね?広島弁ってどんなん?」みたいなことを言い出して。
次の話を広島弁で話すように、と。

「…いいよ」っていう戸井さんの返事が、なんか優しげで凄くいいなー、と思うのは、元々ファンだからなんだろうか…。



最後は樹里さんで「旅行」
…だったのですが、結局樹里さんはこれについてはコメントせず、戸井さんが喋っただけでした。(広島弁で)
樹里さんの「旅行」もいつか話してくださいね♪

戸井さんの「行きたいところ」は、「インド・チベット・ネパール」だそうです。
で、「そういえば!あった、拘り!」と嬉しそうに叫んで。
「チベットからネパールへ、飛行機じゃなくてバスで行きたい」という夢を熱く語っていらっしゃいました。

…多分、会場にいたほとんどの人は、いっせいに「なんじゃそれ」と突っ込んだと思うんですけどね。そこですかさず外すところが、戸井さんクオリティなのは知ってるんですけどねぇ…。
(切ないので詳細は省略 ←またか)

っていうか、その話を終始広島弁で語る戸井さんが実に可愛かった☆
樹里さんも存分に突っ込んでくださって、しばらく広島弁の話wで盛り上がってましたね。(主に樹里さんが)

しかし。関西弁と広島弁で会話しよう、って言ったの樹里さんなのに、本人はいつもの口調(アクセントだけちょっと関西風)なので、戸井さんが一人で広島弁で喋ってる印象でした。ま、可愛いかったし樹里さんも嬉しそうだったから良いんですけどね(^ ^)



以上6題。
トランプ・トークの後は一曲づつソロナンバーを聴かせてくれました。

が。

…とりあえず、今日はここでいったん休憩。
2度目の「蝶々さん」観劇で思ったこと。


これは、コレル夫人の回想の物語だったんですね。


…すみません。勿論、回想であることは最初から明らかなんですけど。

「蝶々さん」のコレル夫人と蝶々さんは、9割までの会話をお互いではなく、客席を向いて行います。

お互いの顔を見て会話する場面は、ケイト夫人をまじえたクライマックスを含めて、ほんの僅か。



最初に観た時は、何とも思わなかったのですが。

…私(観客)の瞳に映っている、この“蝶々さん”は、コレル夫人の瞳に、過去、映っていた蝶々さんなんだな、と。

コレル夫人が過去を語っているのではなくて。
コレル夫人の過去を、観客が追体験している。

そんな感じを受けたのです。

…なんだか、うまく説明できませんが(T T)。


コレル夫人は、蝶々さんを死なせたことに責任を感じているんですね。
自分に罪があったとは思わないけれども、もう少し何かしてあげられたのではないか、自分がもう少しうまく立ち回れば彼女を救えたのではないか、と思っている。

そもそも、人が人を救いたいと思うこと自体が思い上がりであることに気づかない西欧人、という“毒”を微かにしのばせながら。
荻田さんの演出は、“蝶々さん”よりも、むしろ彼女を見守るコレル夫人の欺瞞をあばいていくのです。


長崎で蝶々さんと出会い、彼女の死に直面して。
帰国してからの数十年、その「可哀相な少女」のことを忘れられない。

蝶々さんが何故、何のために死を選んだのか、その本質的な意味を、どうしても理解できないから。


やみくもに救いたい、と、
やみくもに守りたい、と、
そんな気持が、秘密を持たせた。
蝶々さんの夫・フランクリン少尉の正体、という秘密を。


蝶々さんが最後の最後に「裏切られた」と思い絶望するのは、夫の正体そのものよりも、むしろコレル夫人に、だったのではないかと思うのです。

誰よりも、蝶々さんを「人形」だと思っていたのはコレル夫人だったのではないか、と。
何も知らない異国の人形として、大事に飾っていたつもりだった、そんな、欺瞞を、蝶々さんだけが気づいていた…。



追憶の中の蝶々さんは、微笑む。
その微笑みを忘れられないコレル夫人は、きっと苦しんだのでしょう。
自分には理解できなかった、日本。
理解できなかった、少女。

蝶々さんが「子供を渡さないだろう」ことは確信が持てても、混血児に対する差別の厳しい明治の長崎で、混血児として生きるイサクの幸せは、確信できない。
それは、蝶々さんがミッションスクールに入れないとわかった時に「せめて彼女の魂を救うために洗礼を…」と歌うのと同じ感情なのではないかと思うんですよね。
それが彼女の(イサクの)幸せだ、と、コレル夫人は本気で信じている。


丸山という花街に生きる“丸山芸者”が、たかが旦那に裏切られたくらいで何故死ななくてはならないのか?
「長崎式結婚」を繰り返して生きた“らしゃめん”も、現実にはたくさんいたのに。

それは、一つには彼女が早々にキリスト教に改宗していたから、なのではないかと思います。

何事にも前向きで、一生懸命で、頭のいい蝶々さんが、「一番良い道」だと思ったキリスト教への改宗。
それは、「もはや戻れない道」なのです。

実際、オペラ「蝶々夫人」にも、親族に「裏切り者」とののしられる、激しいナンバーがありますが。
蝶々さんは、改宗によって両親の墓参も許されない身の上になるのです。

身請けされ、ハンサムな海軍士官に可愛がられた、幸せな日々。
そこに愛があった、に自分自身を一点賭けで賭けて、洗礼を受ける蝶々さん。

その賭けに負けた以上、芸者に戻ってきちんと息子を育てるつもりだった。
芸者でも、誇りを捨てずに生きることは可能だったから。
そうやって、フランクリン少尉と出会うまでを生きてきたのだから。

でも。

「自分が誰の人形でもなかったのだということを証明しなくてはなりません」
「自分が、一人の人間であったことを」

ここが。
メッセージとして非常に明快に打ち出していながら言葉として整理されていない、かなり曖昧な表現だったのが…

わかりにくいっ(涙)。

男に裏切られたから死ぬのではなく、誇りを捨てて生きても「息子を立派に育て上げる」ことにはならないから、自分の生き方を「証明」することを優先した、と。

それをあの一曲で表現しきるには、歌穂ちゃんの表現力は十分なのですが音楽的にちょっと弱かったのかもしれません。
あるいは、歌詞かな…。
美しい音楽なのですけどねぇ。ミュージカルって難しいなぁ…。


理解できない世界の、理解できない考え方を象徴するように。
コレル夫人にとっての「蝶々さんを追い詰める、理解できない何か」そのもののように、
アンサンブルは皆白装束で台詞もなく、舞台装置の一部であるかのようにひっそりと蠢き、潜み、隠れて見守っている。
それはたぶん、「時間」という名の魔法使いなんでしょうね。

そしてラスト。
全ての愛も悲しみも、蝋燭に灯を点して流してしまう精霊流しで。
コレル夫人は許されたのか、許されないのか、
…なによりも、自分自身、に。



この作品の最大の問題点は、忠の仁さんの脚本と、荻田さんの演出がいまひとつ噛み合っていなかったことだと思います。
もう少し時間をかけて、作品の方向性をすりあわせたら良かったのになー…。

あと、あまり「長崎」モノ、っぽさを感じなかったこと。
それが、最初と最後の精霊流し場面の弱さになっていたような気がします。土の匂いがしないのね(←この場合は水の匂いか)。

荻田さんはわりと幻想的な演出を得意とする方なので、そういう「ご当地」ものはあまり強くないのかなーと思ったりしましたが。

そのあたりが、ちょっとだけ心残りです。

面白い作品に成りうる設定だと思うので、もう少し練り直して再演してほしいなあ、と。
祈ってみたりして。

それにしても。
ウタコさんのコレル夫人、過不足のない、本当にいい芝居で、いい歌だったなぁ…☆


1 2 3 4 5 6 7 8