若人たちのサブリナ【2】
2010年10月5日 宝塚(花)花組東宝新人公演「麗しのサブリナ」。
■デイヴィッド・ララビー(壮一帆)の鳳真由
いやー、すごく良かったです。
「虞美人」の新人公演でも思ったのですが、この人の芝居には「本気」があるんですよね。
いつだって真剣勝負、というか、“抜き身の剣”の怖さみたいなものが、あると思うのです。
しかも!
……前半は可愛かった(*^ ^*)。と、ゆーか。項羽さまのときは、長髪でうまいこと誤魔化していた丸顔が、ショートの金髪で隠しようもなく、、、ちょっと、いえあの、なんというか、仔犬のようにコロコロと可愛らしかった……というのが正直なところかも(^ ^;ゞ。
あきらくん(瀬戸かずや)の持って生まれたシャープな野性味のある男っぽさの横に並ぶと、いかにも!な「チャラい弟」感が満載でした。
この「麗しのサブリナ」のララビー家の兄弟二人は、前回の「虞美人」の義兄弟と比べても、しっかり者で生真面目な兄貴分とチャラくてモテ男で無責任な弟分、という関係性は同じなんですよね。真飛さんと壮ちゃんは、二公演連続で同じような関係性のお芝居をしている。ヒロインとの関係性が全くちがうので普通に観ているぶんにはあまり気にならないのですが、この二人の関係という面だけに着目すると、「虞美人」と「麗しのサブリナ」、この二作は本当によく似ている、と思います。
でも。
この「項羽」と「ライナス」、「劉邦」と「デイヴィッド」には、非常に大きな相違点があります。
嘘を吐くか、吐かないか、という、一点において。
こないだまで「銀ちゃんの恋」に嵌っていたせいか、新人公演を楽しく観劇しながら、「嘘を吐ける役者と吐けない役者」みたいなことを考えておりました。
役者本人がどうこうではなく、「役の人物」として、観客に対して『嘘』を吐ける役者と、吐けない役者、について。
たとえば銀ちゃんは、(再三書いてますが)嘘を吐ける役者にしか演じることが出来ない役です。
こういう役って、宝塚では案外と少ないと思うんですよね。
いや、嘘吐きな役なんてたくさんある!「スカーレット・ピンパーネル」のパーシー・ブレイクニーだって、嘘を言うじゃないか!と言われるむきもあるかと思いますが、パーシーはむしろ、嘘を吐けない役者でないと面白くない役、なんですよ、私にとって。だって彼は、「マルグリットたちに見せる貌」と「他の人に見せる貌」を使い分けているだけで、自分の心に嘘を吐いているわけじゃないから、
観客には常に真実の貌を見せているんですよ。
逆に、観客が「嘘かも?」と思った瞬間に話が終わってしまう危険さえ、ある。
そして項羽は、どちらかと言えばこちらに近い人物だと思うのです。
そして、チャラく生きているように見えて、いつだってホンキの恋を楽しんでいるデイヴィッドも、大きく分類するならこちら側です。
決して自分自身に嘘を吐けないタイプの、役。
彼に比べたら、銀ちゃんは満遍なく嘘を吐く人です。小夏にも、ヤスにも、橘にも、観客にも。自分をも含めた「世界」すべてに、平等に嘘を吐きかける。
劉邦は、嘘を吐くわけではないんですが、「流される人」なので、結果的に嘘になるタイプですね。自分自身の心に対しても、嘘と知りつつ虚しい言い訳をせずにいられないタイプ。
そしてライナスは、政治的判断のもと、「理性をもって」嘘を言うタイプ、ですね。
劉邦もライナスも、銀ちゃんみたいに病的な(無意識のうちに嘘を吐くような)タイプではありませんが、役自身の心の対して真実ではない台詞を語る(=観客に向かって嘘を吐く)タイプの役ではあると思います。
で、こういう役って、宝塚だと比較的少ないんですよね。
意地を張る人、痩せ我慢の結果として本音を言わない人、あるいは、役の本心に気付いていない人、くらいならたまに出てくるるんですけど、積極的に真実でないことを語る人はあまり出てこない。
だから。需要が無いところに供給も無い!嘘が吐ける、あるいは『心にもない言葉』が吐ける役者は、今の「宝塚歌劇団」のスタークラスには殆どいません。水さんが卒業してしまった今、祐飛さん、壮ちゃん、みわっち、テルくん、、、くらいしか思いつかない。月組には若手まで考えても一人も思いつかないし、宙組も祐飛さん一人しかいない気がする。星組・雪組はあまりよく知らないけど、名前の売れたスタークラスにはいないような気がしますね。かろうじて花組は、みわっちの下にも何人か有望なのがいるかな?(^ ^)。
役者としての良し悪しとは全く関係のない分類ではありますが、作品の幅ということを考えると結構大事な個性かも、と思うんですよね。まあ、需要と供給、というものかな、という気はしますが。
なにやら長々とすみません。
何が言いたかったか、というと。
ひとことで言うなら、真由ちゃんは嘘が吐けない役者なんだな、ってことでした。
「虞美人」で項羽、「麗しのサブリナ」でデイヴィッド、という配役は、今の真由ちゃんにとっては正解だったんだな、と。
真由ちゃんのデイヴィッドで一番感動したのは、サブリナが船に乗った日の朝、ライナスのオフィスに現れたとき、でした。
「俺には経済はわからないけど、キスならわかる。……あれは、別れのキスだった」
と静かに告げる口調の重さ。
ライナスに殴りかかるときの、悲鳴のような怒鳴り声。自分からも少女からも逃げようとする兄への怒り。
デイヴィッドの全身から噴き上がる、怒涛のような憤怒。激情。
……この人は本気なんだ、と、胸が締め付けられるようでした。
本気でサブリナに惚れていた。本当に一晩寝られないほど悩んで、直感的に気付いてしまったキスの意味を考えて、夜が明けると同時にここまで来たんだろう、と。一瞬にして彼のそんな一夜をまざまざと想像させられて。
観ているこちらまで、ライナスに
本当に、短い一場面だと思うんですよ。
でも、その場面の主役は完全にデイヴィッドでした。
そして、物語全体の主導権さえ、デイヴィッドに奪われた印象さえ残った、短いけれども重要なヒトコマでした。
前半の役づくりは、本役の壮ちゃんよりも若干頭が軽め(^ ^)な役作りだったと思います。
っていうか、「若い」のかな。ライナスのあきらが大人っぽいので、兄弟二人の年齢差が開いた印象はありましたね。
丁寧な芝居をする真由ちゃんらしい、個性的でメリハリのあるデイヴィッド像で、比較的淡々と物語が進むこの作品の中で鮮烈な印象がありました。
91期だから、新人公演を卒業するまであと一年、ですね。
次あたりは、「嘘を吐く」役にも挑戦してみてほしいなあ……なんて思ったりしつつ。
あ!でも、正月のまぁくんのバウでは、一応「どんでん返し」を担当する役を与えられてはいたんだなあ。
……あれも「嘘を吐く」というよりは「役として(違う人の仮面をかぶる)芝居をしている」っていう役だったから、ちょっと違うんだけど。
他の人を書く前に、ライナスのあきらくんについてちょっと補足。
新人公演と本公演、一番違うな、と思ったのは、ライナスの作為が明快になったことでしょうか。
デイヴィッドがシャンパングラスの上に座り込む場面も、デイヴィッドがあれこれ喋っている後ろに立ち、弟の尻のふくらみを見て『あ、良いことを思いついた!』という仕種をしてからおもむろにソファに誘導するライナス。
確かに判りやすいんだけど、、、なんというか、一歩間違えたらライナスがデイヴィッドを憎んでいるようにさえ見えかねない、ギリギリの芝居だったと思います。
ほかにもそういう、作為的な芝居がいくつかあったんですよね。
演出が本公演と同じ中村さんなだけに、ちょっと気になりました。
あきらくん自身の「ライナス」という人物像に対する解釈は、、かなりシンプルだったような気がします。
本役さんよりかなり尊大な感じに創っていたので、サブリナに惚れて柔らかくなっていく過程はすごくわかりやすくなったような気がしました。
そして、、、デイヴィッドのことは、可愛さ半分、憎しみ(嫉妬)半分、みたいな微妙な関係だったような。
どこまで狙っていたのか、私の考えすぎなのか……どうなんでしょうね、そのあたりは。
中村さんの話をじっくり聞いてみる機会があれば、本公演と新人公演の演出意図の違いを訊いてみたいです。
……「同じようにやってみたつもりですが。違ってましたか?」
とか言われたら、立ち直れないかもしれないけど(- -;ゞ
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■デイヴィッド・ララビー(壮一帆)の鳳真由
いやー、すごく良かったです。
「虞美人」の新人公演でも思ったのですが、この人の芝居には「本気」があるんですよね。
いつだって真剣勝負、というか、“抜き身の剣”の怖さみたいなものが、あると思うのです。
しかも!
……前半は可愛かった(*^ ^*)。と、ゆーか。項羽さまのときは、長髪でうまいこと誤魔化していた丸顔が、ショートの金髪で隠しようもなく、、、ちょっと、いえあの、なんというか、仔犬のようにコロコロと可愛らしかった……というのが正直なところかも(^ ^;ゞ。
あきらくん(瀬戸かずや)の持って生まれたシャープな野性味のある男っぽさの横に並ぶと、いかにも!な「チャラい弟」感が満載でした。
この「麗しのサブリナ」のララビー家の兄弟二人は、前回の「虞美人」の義兄弟と比べても、しっかり者で生真面目な兄貴分とチャラくてモテ男で無責任な弟分、という関係性は同じなんですよね。真飛さんと壮ちゃんは、二公演連続で同じような関係性のお芝居をしている。ヒロインとの関係性が全くちがうので普通に観ているぶんにはあまり気にならないのですが、この二人の関係という面だけに着目すると、「虞美人」と「麗しのサブリナ」、この二作は本当によく似ている、と思います。
でも。
この「項羽」と「ライナス」、「劉邦」と「デイヴィッド」には、非常に大きな相違点があります。
嘘を吐くか、吐かないか、という、一点において。
こないだまで「銀ちゃんの恋」に嵌っていたせいか、新人公演を楽しく観劇しながら、「嘘を吐ける役者と吐けない役者」みたいなことを考えておりました。
役者本人がどうこうではなく、「役の人物」として、観客に対して『嘘』を吐ける役者と、吐けない役者、について。
たとえば銀ちゃんは、(再三書いてますが)嘘を吐ける役者にしか演じることが出来ない役です。
こういう役って、宝塚では案外と少ないと思うんですよね。
いや、嘘吐きな役なんてたくさんある!「スカーレット・ピンパーネル」のパーシー・ブレイクニーだって、嘘を言うじゃないか!と言われるむきもあるかと思いますが、パーシーはむしろ、嘘を吐けない役者でないと面白くない役、なんですよ、私にとって。だって彼は、「マルグリットたちに見せる貌」と「他の人に見せる貌」を使い分けているだけで、自分の心に嘘を吐いているわけじゃないから、
観客には常に真実の貌を見せているんですよ。
逆に、観客が「嘘かも?」と思った瞬間に話が終わってしまう危険さえ、ある。
そして項羽は、どちらかと言えばこちらに近い人物だと思うのです。
そして、チャラく生きているように見えて、いつだってホンキの恋を楽しんでいるデイヴィッドも、大きく分類するならこちら側です。
決して自分自身に嘘を吐けないタイプの、役。
彼に比べたら、銀ちゃんは満遍なく嘘を吐く人です。小夏にも、ヤスにも、橘にも、観客にも。自分をも含めた「世界」すべてに、平等に嘘を吐きかける。
劉邦は、嘘を吐くわけではないんですが、「流される人」なので、結果的に嘘になるタイプですね。自分自身の心に対しても、嘘と知りつつ虚しい言い訳をせずにいられないタイプ。
そしてライナスは、政治的判断のもと、「理性をもって」嘘を言うタイプ、ですね。
劉邦もライナスも、銀ちゃんみたいに病的な(無意識のうちに嘘を吐くような)タイプではありませんが、役自身の心の対して真実ではない台詞を語る(=観客に向かって嘘を吐く)タイプの役ではあると思います。
で、こういう役って、宝塚だと比較的少ないんですよね。
意地を張る人、痩せ我慢の結果として本音を言わない人、あるいは、役の本心に気付いていない人、くらいならたまに出てくるるんですけど、積極的に真実でないことを語る人はあまり出てこない。
だから。需要が無いところに供給も無い!嘘が吐ける、あるいは『心にもない言葉』が吐ける役者は、今の「宝塚歌劇団」のスタークラスには殆どいません。水さんが卒業してしまった今、祐飛さん、壮ちゃん、みわっち、テルくん、、、くらいしか思いつかない。月組には若手まで考えても一人も思いつかないし、宙組も祐飛さん一人しかいない気がする。星組・雪組はあまりよく知らないけど、名前の売れたスタークラスにはいないような気がしますね。かろうじて花組は、みわっちの下にも何人か有望なのがいるかな?(^ ^)。
役者としての良し悪しとは全く関係のない分類ではありますが、作品の幅ということを考えると結構大事な個性かも、と思うんですよね。まあ、需要と供給、というものかな、という気はしますが。
なにやら長々とすみません。
何が言いたかったか、というと。
ひとことで言うなら、真由ちゃんは嘘が吐けない役者なんだな、ってことでした。
「虞美人」で項羽、「麗しのサブリナ」でデイヴィッド、という配役は、今の真由ちゃんにとっては正解だったんだな、と。
真由ちゃんのデイヴィッドで一番感動したのは、サブリナが船に乗った日の朝、ライナスのオフィスに現れたとき、でした。
「俺には経済はわからないけど、キスならわかる。……あれは、別れのキスだった」
と静かに告げる口調の重さ。
ライナスに殴りかかるときの、悲鳴のような怒鳴り声。自分からも少女からも逃げようとする兄への怒り。
デイヴィッドの全身から噴き上がる、怒涛のような憤怒。激情。
……この人は本気なんだ、と、胸が締め付けられるようでした。
本気でサブリナに惚れていた。本当に一晩寝られないほど悩んで、直感的に気付いてしまったキスの意味を考えて、夜が明けると同時にここまで来たんだろう、と。一瞬にして彼のそんな一夜をまざまざと想像させられて。
観ているこちらまで、ライナスに
本当に、短い一場面だと思うんですよ。
でも、その場面の主役は完全にデイヴィッドでした。
そして、物語全体の主導権さえ、デイヴィッドに奪われた印象さえ残った、短いけれども重要なヒトコマでした。
前半の役づくりは、本役の壮ちゃんよりも若干頭が軽め(^ ^)な役作りだったと思います。
っていうか、「若い」のかな。ライナスのあきらが大人っぽいので、兄弟二人の年齢差が開いた印象はありましたね。
丁寧な芝居をする真由ちゃんらしい、個性的でメリハリのあるデイヴィッド像で、比較的淡々と物語が進むこの作品の中で鮮烈な印象がありました。
91期だから、新人公演を卒業するまであと一年、ですね。
次あたりは、「嘘を吐く」役にも挑戦してみてほしいなあ……なんて思ったりしつつ。
あ!でも、正月のまぁくんのバウでは、一応「どんでん返し」を担当する役を与えられてはいたんだなあ。
……あれも「嘘を吐く」というよりは「役として(違う人の仮面をかぶる)芝居をしている」っていう役だったから、ちょっと違うんだけど。
他の人を書く前に、ライナスのあきらくんについてちょっと補足。
新人公演と本公演、一番違うな、と思ったのは、ライナスの作為が明快になったことでしょうか。
デイヴィッドがシャンパングラスの上に座り込む場面も、デイヴィッドがあれこれ喋っている後ろに立ち、弟の尻のふくらみを見て『あ、良いことを思いついた!』という仕種をしてからおもむろにソファに誘導するライナス。
確かに判りやすいんだけど、、、なんというか、一歩間違えたらライナスがデイヴィッドを憎んでいるようにさえ見えかねない、ギリギリの芝居だったと思います。
ほかにもそういう、作為的な芝居がいくつかあったんですよね。
演出が本公演と同じ中村さんなだけに、ちょっと気になりました。
あきらくん自身の「ライナス」という人物像に対する解釈は、、かなりシンプルだったような気がします。
本役さんよりかなり尊大な感じに創っていたので、サブリナに惚れて柔らかくなっていく過程はすごくわかりやすくなったような気がしました。
そして、、、デイヴィッドのことは、可愛さ半分、憎しみ(嫉妬)半分、みたいな微妙な関係だったような。
どこまで狙っていたのか、私の考えすぎなのか……どうなんでしょうね、そのあたりは。
中村さんの話をじっくり聞いてみる機会があれば、本公演と新人公演の演出意図の違いを訊いてみたいです。
……「同じようにやってみたつもりですが。違ってましたか?」
とか言われたら、立ち直れないかもしれないけど(- -;ゞ
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