公演は終わってしまいましたが、花組公演「ファントム」について、もうちょっとだけ語らせてください。



今夏に上演された「ファントム」花組再演版。
私、実は、今回で初めて「ファントムという作品」に嵌りました(^ ^)。


元々音楽は本当に大好きでした。
「パリのメロディ」「Home」「You Are Music」「My True Love」……クリスティーヌのナンバーは全曲カラオケにいれてほしいと願うくらい、初演から大のお気に入りの曲ばかり。
でも、作品としては、どうもぴんとこなかった、、、というのが正直なところ。


今回こんなに嵌ったのは、もちろん「今の花組が好き」だから必然的に何度も観ることになり、「繰り返し観るうちに色々気づいて、良さが判ってきた」っていうのもあるのかもしれませんが、、、根本的なところで、本公演と新人公演の演出の違いに嵌ったんだと思っています。
同じ芝居なのに、ぜんぜん違う印象を与えられた二つの公演。これを交互に観たことで、その二つを比較して何が違うのかを考えるようになって、、、で、嵌っちゃった(^ ^;、と。

思えば、月組「スカーレット・ピンパーネル」もこれに近い嵌り方をしたんですよねー。
新人公演を大劇場と東京と二回観るのは、危険なのかもしれないな……。



もとい。
前置きが長くなりました(いつもすみません)、そんなわけで、観ていて思った「違い」を(適当に)あげてみます。うまくまとめられなかったので読みにくいと思いますが、どうぞご容赦ください(^ ^;)。



■エリックの印象

先日も書いたのですが。
本公演の従者たちは非常に存在感があって小芝居もいちいち熱い!(←彼らのそういう処が好き)だから、どうしても蘭トムさんのエリックは「独りじゃない」、という気がしました。
壮ちゃんのキャリエールは、頑固なところもあってあまり甘えさせてくれる感じではありませんが(基本いじめっ子だなーと思う)(← それは壮ちゃんの個性であってキャリエールとは関係ないのでは?)、エリックを“息子として”愛していることはだだ漏れだし(^ ^)。

だから。
本公演のエリックは「オペラ座の地下で生活」をしていて、「味方がたくさん」いる……んだよね?という印象がありました(^ ^)。


新人公演は、どうしたって従者たちの存在感が薄い(人数も少ないし、下級生だし…)のと、キャリエール(真瀬)との間にすごく距離を感じたんですよね。
だから、、、なのかなあ。
新人公演のエリックは、「オペラ座の闇の中」で、ひたすら「孤独」に生きていた……という印象を強くうけました。



■キャリエールの立ち位置

「キャリエールがエリックを愛している」、というのは、この「Phantom」という物語の根幹であって、どのバージョンでもそこだけは変らないと思うのですが。
本公演の壮ちゃんと、新人公演の真瀬くんには決定的な違いがあった、、、と思います。

それは、エリックに愛されているかいないか
あるいは、拒まれているかいないか、という違い。


「You Are My Own」の前。怪我をしたエリックを助けて銀橋で連れ出すキャリエール。

本公演のキャリエールは、しっかりとエリックの肩を抱いて一緒に歩き、銀橋の付け根でちょっと手を離して来た方を見張りながら先へ行かせる……という芝居をしていました。

新人公演では、一連の動きがだいぶ省略されていましたが、それでも、あえて手を出さずにエリックを独りで歩かせてましたよね。大劇場で観た時、「苦しそうだけどいいの?」と思いましたから。
「お前は愛する息子だ」と告げて、高まる音楽の中で歩み寄り、その背中を抱きしめるその瞬間まで、二人が触れ合うことはない。

それも、キャリエールが触れないんじゃなくて、エリックが拒んでいるんだな、と私は感じました。
エリックが拒むから、キャリエールが避ける。


本公演のキャリエールにとって、エリックはあくまでも「自分の息子」なんですけど、
新人公演のキャリエールにとって、彼は「自分の罪の証」であり、「弾劾者」であり、、、同時に裁きの神に対する「家の中の子供(From「訪問者」By 萩尾望都)」でもあるのかな、と思いました。
触れることさえ許されない神聖なもの。彼を護るために自分は生かされている……、そんな存在。

キャリエールにとって、エリックが「すべて」であったことに違いはないけど、その意味性はだいぶ違っていたような気がしました。



■キャリエールとベラドーヴァ

ビストロでクリスティーヌの歌を聴き、ベラドーヴァの声を思いだすキャリエール。

本公演の壮ちゃんは、その声を聴きながら、とても幸せそうに見えました。
そうか、彼にとってベラドーヴァとの思い出は幸せな記憶なのか!と思いました。

新人公演の真瀬くんは、微笑んではいたけれども、ひどく痛そうに見えました。
あの声を、あの頃を思いだすことは、彼にとっては酷い苦痛を伴う至福なんだな、と思ったのでした……。


キャリエールとベラドーヴァの関係は、本公演では「夫婦」だったと思います。裏切りや狂気の果てにボロボロになってしまったけれども、そこには普通に「男」と「女」の愛情があって、いろいろあったけれども、今は懐かしく、美しい思い出。……そんな感じ。

けれども。新人公演では、その関係はもっとずっと歪んだものに見えました。女神と神官、あるいは教祖と信者、、、そんな、ひどくいびつな関係に。
彼にとって、ベラドーヴァとの思い出は甘美な悪夢だったのかな、と。愛し合った男女から、裏切り者と断罪者の関係へ。それはそのまま、彼とエリックの関係の中に映し出される。許さない者と許されない者へ、と。


■エリックとキャリエール

上でも書きましたが、本公演の二人は「息子と父親」に違和感なく(もちろん、ラストを知っているからこそですが)見えたんですよね。
「エリックストーリー」で、エリックが無邪気に笑いながらキャリエールに懐き、キャリエールも「高い高い」してあげているのも不思議じゃなくて。いろいろあっても、やっぱり仲の良い父子。
その場所がオペラ座の地下だというだけで、息子の顔にちょっと目立つ瑕があるだけで、そこにいるのは、ごくごく当たり前の、幸せな父と子でした。

そんな日々があったからこそ、「You Are My Own」での二人の幸せそうな様子が目に眩しいんですよね。
愛する息子に「愛する息子よ」と呼びかけ、「愛」を教える父親の、至福の一瞬。最期になってしまった抱擁。
そして、今また「お父さん」と呼びかけることができる幸せを全身であらわした蘭トムさんの、「紅顔の美少年」っぷり(真顔)。
幸せな父子の日々があったからこその、「You Are My Own」だったと思います。


でも、新人公演の二人は、全然違ってました。
まずはエリック。新人公演のエリックは、幸せだった幼い頃の記憶がないんだな、と思いました。
だから、キャリエールと自分の関係にうすうす気づきながら、関係を修復するすべが探せない。キャリエールはエリックに服従し、エリックはオペラ座の支配者として君臨する。愛はすれ違うばかり。



■エリック

これはちょっと乱暴な憶測だと思いますが。
新人公演のエリックは、物語が始まる前に、何らかの事件を起こしたことがあるんだと思います。
誰かの命に関わるような事件。事故かもしれなけれども、過失によって誰かを傷つけたとか、そんな感じの。
そういう決定的な何かがあって、キャリエールとすれ違ったんじゃないかな、と。

本公演のエリックは、ぜんぜんそんな感じじゃないんですけどね。
蘭トムさんのエリックは、ピュアで無垢で、とってもポジティヴだから。そんなふうに思ったのは新人公演だけでした。

初演の宙組公演ではブケーの死に責任があったエリックですが。
再演の花組から、ブケーはエリックに出会って勝手に死んだだけで、彼が殺したわけではなくなりましたよね。
エリックの起こした初めての「ほんとうの」事件はカルロッタの殺害であって、それまではちょっとした悪戯をしていただけだった……とうのが、再演以降の本公演の構造だったと思います。

でも。
キャリエール(父親)は、エリックがクリスティーヌを傷つけ、オペラ座に火を放つかもしれない(放つだろう)と、そう本気で考えるんですよね。
そう思うと、あんなにピュアで可愛い、天使のような蘭寿エリックがそんなことをするはずがない、と、どうして思わないのかなあ?と不思議に思うのです。

……それでも、理解できないのかな。エリックが天使で、キャリエールは人間だから。
心の闇を知らないエリックと、息子に対する恐怖を知らないキャリエール。
本公演の二人はそんな感じで。状況はとっても異常なのに、「普通の父子」であろうとする二人が、、、なんだろうなあ、とっても幸せそうに見えたんだと思います



■エリックの統べるオペラ座

この物語は、19世紀末に書かれました。
「ファントム」という悪夢を信じるひとびとと、「ばからしい」ととりあわずに「犯人」を捕まえようとする人々との争い。
この物語は、中世から近代へ移りゆく狭間の物語なんですよね。

エリックが死んで、オペラ座は夢から醒める。
幽霊や悪魔が跋扈する、中世の悪夢から醒めて、「近代」がはじまる。

夢から醒めたオペラ座の人々は、すぐに幽霊を忘れるでしょう。彼らはいまを生きているのだから。

そして、キャリエールは取り残される。
彼だけが「過去」を生きているから。


悪夢の祓われたオペラ座で、彼はどんな夢を視るのでしょうか。
親子3人で、いつまでも幸せに暮らしました……という、夢?

公演が終わって、二度と彼らに逢えないいまになって、、ふとそんなことを考えたりします。

ありがとう、中村さん、生田さん、田渕さん、他のスタッフのみなさま、出演者のみなさま。
この公演に出会えて、楽しかったです。