ノーマルの隣で

2013年9月22日 演劇
シアタークリエにて、「Next to Normal」を観劇いたしました。


2009年にブロードウェイで上演され、その年のトニー賞の主演女優賞(アリス・リプリー)、楽曲賞(トム・キット)、編曲賞を受賞。作品賞は「リトル・ダンサー」に持って行かれたけれども、話題になったので、タイトルだけはそういえば記憶にある……かも?(←自信ない)



「双極性障害(いわゆる“躁鬱病”と同じっていう解釈でいいのかな?)」を抱えた独りの女性と、彼女を包む家族の物語。
題材的にはもっと突っ込んだ表現もできたと思うのですが、どちらかといえば「治療」の厳しさと精神科医のキャラクターにドラマを取られて、トラウマ部分については思ったよりサラッと解決させたな、という印象でした。
ところで、日本でもああいう治療はされているんですかね?あまり聞かないけど、ことがことだけに、当事者以外は知らないってのもあるだろうしな……。

個人的には、ヒロインのダイアナよりも、娘のナタリーに感情移入して観ておりまして、、、なんというか、途中でひどく辛くなったんですが、最後は思ったよりあっさり立ち直ってくれたので、良かったなと思いました。
ああいう世を拗ねた妹には、ああいう能天気な彼氏がいると安心ですね!(真顔)うん、きっとこれから良いことがあるよ、貴女の人生にも、辛いこともあるだろうけれどもね……と、声をかけてあげたい気持ち。

とかなんとか言いつつ、ラストは夫のダンに全部持って行かれました(*^ ^*)
ああ、岸さん素敵だった!!優しくて無力で、誰のことも(自分自身も)救えなくて。でも、確かに生きていました。彼が一番、リアルだった。彼がいちばん「ノーマル」に近いから、なんでしょうね、あのリアル感は。
実際には、もっとも「ノーマル」から遠いのも、彼なのだけれども。



この作品の最大の魅力は、やっぱり楽曲ですね。耳馴染みのいいロックとバラードが交互に流れる空間。作者の掌の上で、不安になったり高揚したり、彼らの思い通りに感情を転がされている気がするほどの、コントロールに優れた音楽。これ!という目立つアリアはないけれども、2時間を通して心をゆっくりと揺さぶり続ける音楽でした。

演出は「RENT」のマイケル・グライフ、日本版のリステージは、「Next to Normal」の前身となった2005年の「Feeling Electric」のADだったローラ・ピエトロピント。
舞台全体を埋める大きな3階建てのセットを組んで、それぞれのフロアで芝居をする斬新な演出は、平面的といえばこの上もなく平面的だけれども、立体的といえばこれ以上はないほど立体的で、とても効果的で面白く、圧倒的されました。
ただ、私は比較的後方のセンター席だったので、マーク・ウェンドランドの斬新な装置を堪能させていただきましたが、あれは、前方席だとかなり観にくいのでは……?と、人ごとながら心配になりましたが(^ ^;ゞ
前方席でご覧になったかた、いかがでしたか?





それでは、キャストごとに簡単に。
【ネタばれしておりますので、未見の方はご注意ください】





■ダイアナ(シルヴィア・グラブ)
シルヴィア、良かった!!歌も芝居も文句なく良かったです。ただ、一幕冒頭、「セックス、セックス!」と連呼する場面はもう少しセクシーに出てほしいな(冒頭だし)、と思いましたが、、、あれは演出なのでしょうか。抗鬱剤の副作用、という設定?

シルヴィアって、前田美波里なみに根っからのポジティブしかできないタイプに見えるけど、意外と闇を抱えた役が似合う役者なんですよね。今回はそれがすごくうまく嵌っていたなと思いました。
特に、同じ闇でも、「不安」と「自責」の泥沼に嵌っていく様子に説得力があって、それがすごく良かったです。
自分が悪いんだ、自分が家族の重荷になっている、という強迫観念は、結局家族全員を傷つける両刃の剣だから。それを握ってしまったダイアナの恐怖と怯え、その怯えた剣先を突き付けられたダンの報われなさ。
家の中には愛があるのに、それが地にうち捨てられ踏みつけになっている現実が、とても切なかったです。

今回はスケジュール的に一回しか観られないので、トウコさん(安蘭)のダイアナは観られないのですが、この役は本当に、二人とも観たくなる役替りだな、と思いました。
トウコさんはどんなふうにあのダイアナを演じるのでしょうか。私のイメージだと、もっと「怯え」を前面に出して来そうな気がするんですが、そうなると、話の根幹の設定がだいぶ変わるよなあ、、、と。
うーん、両方ご覧になったフラットな方の意見を聞いてみたいです(^ ^)。



■ゲイブ(ダイアナの息子/小西遼生)
ダイアナとダンの、幼い頃に死んでしまった息子……の、魂、なのかな?ダイアナの幻覚なんだけど、彼自身の意志があるものとして表現されていて、興味深い存在でした。
特にラスト、いままで自分のことを封じようとしてきた父親の前に現れた彼がとても優しくて、寂しそうで……なにかイケナイ展開が始まるのかとドキドキしてしまいました……すみませんすみませんすみません(滝汗)。

一幕の前半は、普通に「息子」として見えていて、彼が他の家族と会話をしていないことに全然気がつかなかったんですよね。演出が巧いんだけど、小西君もさりげなく巧いなーと思いました。特に「この世のものならぬ」雰囲気を出す必要のない役ではありましたが、場面ごとにコロコロと色を変えて登場してくれて、、、間がいいんだなあ、と感心しました。

小西くんといえば、「レ・ミゼラブル」にマリウスで出演してから、もう何年……?あの時は、歌が酷過ぎてあまり良い印象は無かったのですが、、、いや、今回は歌も良かったです。見た目は元々文句ないし、歌が上手になってくれて嬉しいです!これからのご活躍、チェックしていきたいと思います♪



■ダン(ダイアナの夫/岸祐二)
優しくて温かくて色気があって、愛情深いダイアナの夫。妻があの状態で、いったい何の仕事をしているのかちょっと疑問でしたが(汗)、歌も芝居も本当に良かったです。

ダイアナとの相互依存的な関係は、ダンか優しいだけにとても辛くて。
ドクター・マッデンに勧められて電気ショック療法を受けさせると決めるまでの葛藤はとても優しいのに、治療によって殆どの記憶を奪われた妻に、「なにもかもうまくいく…」と歌いながら次々に思い出の品を見せるところや、息子の死を隠そうとする場面の高圧的な感じのギャップが切なくて、そうせずにはいられないほど追いつめられた「夫」の苦悩が哀れでした。

記憶を取り戻した妻が出て行った後の、息子と二人の場面が、とても切なかった。ダンはそれまで、ゲイブのことは心から閉め出していた。ダイアナを喪ったことは、そのことへの罰なんですよね、きっと。
いつかきっと、ダイアナが帰ってくる。その日を信じて、時々カウンセラーに罹りながら待っている彼が、たぶん、「アメリカにおけるノーマル」なんでしょうね、きっと。

余談ですが、「ゲイブ」って「ガブリエル」の愛称なんですね。……生後たったの8ヶ月で逝ってしまったガブリエル。彼の誕生ゆえに若すぎる結婚をした二人にとって、彼の死は運命だったんだろうな。。。



■ナタリー(ダイアナの娘/村川絵梨)
ナタリーは「妹」なんだな、ということを、すごく強く思いました。
感性の鋭い、芸術家肌の「妹」。自分の中の母の血に怯え、自分にそそがれない愛情に飢えて、すべてに毒を吐き続ける。家庭に幸せがないから、新しい家庭をつくることに興味がもてない、孤独な少女。

現実には、彼女が生まれる前にゲイブは神に召されているので、彼女は「一人娘」なんですよね。でも、両親は彼女を「妹」として扱い、彼女自身も「自分は妹である」と思って育つ。彼女と両親の間には「兄」がいるんです。それは大きくて高い透明な壁で、彼女は親の愛を受けられなくなっている。

……正確には、彼女が受け容れられないだけで、それなりに愛は降り注がれてはいるのだけれど。

上でも書きましたたが、今回の観劇では、何故だかすごくナタリーに感情移入してしまったので、彼女がラストに母親と和解し、彼女の手を離してダンスパーティーに現れる場面で、かなり泣いてしまいました。
いままで彼女は、母親の手をつかむことができなかったから、離すこともできなかったんだよね。でも、あの病院で、はじめて彼女は魂の入った母親に抱きしめられて、愛されていることを実感する。
……だから、もう大丈夫、と手を離す。もう大丈夫、親離れできる、と。

彼女の中のダイアナの血が、彼女の魅力の一部を形作っているのだから、それを排除することはできない。
彼女がその「血」に怯えるさまはとても切なくて、リスクはなくならないから単純なハッピーエンドにはならないけれども、結局は自分を信じて前に進むしかない。ただ、「ノーマルの隣」で、諦めずに、孤独にならずに生きて行こう、と。もう独りではないのだから。



■ヘンリー(ナタリーの恋人/松下洸平)
優しくて能天気で、本能で生きている青年。
ナタリーみたいなタイプには、こういうまっすぐな好青年がいいよね!と思う。たぶん、ダンもこういう青年だったんだろうな、と(←それを思わせる演出もある)

松下さん、お名前は知ってましたが観たのは初めて……かな?温かみのある、いい芝居でした。ナタリーが、意地をはりつつも、気を抜くとつい甘えてしまう(←ただのツンデレ?)ところが可愛くて、そういう彼女の可愛いところを引き出したヘンリーの存在感に感心しました。良かったです!



■精神科医(新納慎也)
素晴らしかった!!「ダイアナにはロックスターに見える」ドクター・マッデンがメインでしたが、1幕前半の精神科医(薬物療法が中心)も、なんというか、、、あやしげで良かったです。

誰がどうみても、「ノーマル」から一番遠いのは彼でしたが、それは狙いどおりなのでしょうか?(^ ^;ゞ



6人の出演者が、全員役に嵌っていて、しかも誰ひとり歌も芝居もコケる人がいない。
素晴らしい座組で、素晴らしい音楽でした。人によっては受け入れにくいかもしれない、難しいテーマかなという気もしますが、私は良い作品だなと思いました(^ ^)。