星組東京宝塚劇場公演「ロミオとジュリエット」Bパターン 役替りメンバーについて。


■ベンヴォーリオ(紅)
礼音くんのロミオが大劇場版より幼くなった分、ベニーが引っ張らないといけない場面が増えて、少し立ち位置の難しい役になったような気がしました。
ベニーのベンヴォーリオは、ロミオの理屈を受け容れることでマーキューシオを喪い、仲間たちから孤立し、ついにはジュリエットの死を知って、もうどうしたらいいのかわからなくなってヴェローナを逃げ出す(=マントヴァへ向かう)……という、ある意味、かなりわかりやすいキャラクターで、大劇場の後半は、わりと自然に立っていたと思うのですが……。

ロミオにジュリエットの死を告げることがどういう意味をもつか(どういう可能性があるか)を全く考えずに、ただ、事実だけを告げに行く若さ。その罪に最後(霊廟)まで気がつかない愚かしさも含めて、本当に可愛い男だと思ったんですよね。
でも、東京に来て、ロミオに情報を告げることの意味に気づき始めている部分が、ちょっと消化しきれずに(←私が)残ってしまうような気がするのです。何が違う、というのはよくわからないのですが。

芝居は、回を重ねるごとにやり過ぎに陥りやすい人なのですが、今のところギリギリで踏みとどまっているかな、という印象。ただ、この土日の間にもだいぶ暴走しはじめているような気がするので、明日からのわずか3公演、何とかうまいところで立ち止まってくれることを祈っています。



■ティボルト(真風)
歌がさらに良くなった!!
いやー、すごい。このくらい歌ってくれれば、普通にミュージカルやってくれて良いです!「南太平洋」ですごく伸びたな、と思ったのですが、大劇場から東宝の間にもう一化けして、、、若いってすごいなあ。
「真実の俺じゃない」とか、歌が安定してきた分、芝居に集中できているのが良かったと思います♪♪

あと、大劇場と違うのは、ワイルドさが増したところでしょうか。
決闘の最初、いらんことを言ってくるマーキューシオに対して「うるさいっ!!」と怒鳴るところとか、「今日こそその日」の破れかぶれさとか。ワイルドな色っぽい男、という存在感が見えるようになってきたな、と思いました。



■パリス(壱城)
大劇場での、シャープで高慢ちきな、ちょっと嫌味なくらいの気取りや感を少し抑えて、どちらかといえば「普通の人」に近づけてきたような気がしました。。

それにしても!大劇場の時も思ったけど、本当にしーらんパリスはイケメンだし、生活力もありそうだし、、、乳母が「パリスさまに比べたら、ロミオなんざ雑巾です!」って言うのもわかるわー、という説得力があったような気がします。
乳母の裏切りにちゃんと理由(根拠)があることで、ジュリエットの頑なさが際立つ演出になっていたので、たぶん小池さんの意図どおりなのだと思うのですが……でも、正直にいえば、しーらんパリスにも、もう少し隙があって、「ジュリエットが嫌がるのもわからないでもないけど……」と思えたら、それはそれできっとわかりやすいんだろうなあ、と思いつつ。



■マーキューシオ(天寿)
大劇場の時も書きましたが、やっぱりマーキューシオの飼い主はロミオではなくてベンヴォーリオだと思います。それも、飼い犬じゃなくて飼い猫だよね、絶対。ベニーに首根っこを掴まれて、ひょいっと喧嘩の輪からどけられたりするのが、死ぬほど可愛いです。なんであんなに可愛いんですかあのドラ猫。
「決闘」でも「ヴェローナ」でも、ベニーに『待て』と手振りをされて、一瞬止まる天寿さんが本当に可愛い。犬じゃなくて猫(それもあまり躾られてない)だから、あんまり長くは待てない感じなのがまた可愛くて(←駄目みたい)。

……なんだかもう、今回の天寿さんのマーキューシオは、あまりにも好きすぎて全く冷静に語れません……すみません、長いので読み飛ばしてください。(←贔屓目なの知ってます、はい)

今回、Bパターンで一番好きな場面は、2幕の「街に噂が」です。
いままで、この曲についてちゃんと考えたことがなくて、漠然と“ロミオが仲間たちを説得しようとして失敗する場面”くらいに思っていたのですが……ロミオに向けて、皆で「お前は自分の未来を捨てるのか!?」みたいなことを歌う歌詞があるんですよね。ああ、そうか、“仲間たちがロミオを説得しようとするのに、ロミオが全然話を聞いてくれずに逃げてしまう” 場面ととらえることもできるんだな、と。
今までこの作品を何回観ているの?というか……視点が変わるとこうも見え方が変わるものか、というか(^ ^;ゞ。すみません、全然違う場面を観ているような気がしました。

それにしても。ロミオに裏切られた、という事実に対して、怒りよりも哀しみが先に来るマーキューシオが、とても新鮮でした。
裏切られたことが悲しくて悔しくて、そして、それ以上に友人の将来を心配しているのに、その想いがまったく伝わらない、受け取ってもらえないもどかしさ。
観ているだけで彼の辛さが伝わってきて、胸がきゅぅっと痛くなります。

天寿さんのお芝居は、毎回、わりと「痛々しい」印象が強い……のですが、マーキューシオは特に、彼が常時かぶっている「道化」の仮面が、完全に彼の「貌」になってしまっているところも切なくて(T T)、胸が痛む気がしました。
表は笑っているんだけど、その奥にあるのは、「本当の自分」をさらけだせない、怖がりで不器用な魂なんだな、と。自分の想いが伝わらない、伝えられないことに怯えている感じ。大公に対する態度とかも、「どうせ伝わりゃしない」という諦めを感じるんですよね。大公はマーキューシオを十分に可愛がっていると思うのですが。
なんというか、「ファントム」のエリックとキャリエールの前半のような距離感を感じました。銀橋場面に至る前に死んでしまうエリック。愛されているのに、それを受け取れない子供、というイマジネーション(マーキューシオはもう子供じゃないけど)。

そんな彼にも、「街に噂が」の中で、ロミオにナイフをつきつけた後、そのままフラフラとナイフを握ったままロミオの後をついていこうとしてベニーに止められる瞬間とか、ナイフをしまうときの、何かが切れたような表情とか……「道化」の仮面が外れてしまう場面が「決闘」の前にもいくつかあって、そのどれもが印象的でした。
敵と闘うためにナイフを握るティボルトと、自分を守るためにナイフを離さないマーキューシオの対比。そのナイフを人に向ける時は、自分が死ぬ時だ、と、そのくらいのことはわかっているクレバーさと、それでも抜かずにはいられない、「ティボルトぉ~~!!」という呪詛の呼びかけ。

なんかもう、いちいちツボすぎて、ツボが多すぎて何から書けばいいのかわかりません……。

そういえば。大劇場とは年齢設定がだいぶ違う(東宝の方が歳上っぽい)と感じたので、そっちを書いておきたいと思います。
大劇場では完全に、仲間たちに可愛がられている生意気な弟というイメージだったのに、、、ロミオやベンヴォーリオに対する態度が全然違ってて、対等にしてるなあ、と。
「マブの女王」を歌った後の「今夜は付き合えよ~!」も、大劇場はすっごい甘えたな口調(←すごく可愛くて大好きでした。なくなってしまって残念!)だったのに、東宝では「友人」に言う台詞になっていて、芝居って面白いなあ、と改めて思いました。
……猫は猫のままですけどね(^ ^)猫なので、犬の鳴き真似が下手糞なのもご愛嬌?



■愛(礼)
とにかく可愛い(メロメロ)。大劇場のときから完成度が高かった……というか、3年前の時点ですでに非常に良かったので、特に今回書くことがないくらい、全ての場面が大好きです。
一番好きなのは……実は、2幕冒頭の教会(「狂気の沙汰」の前)だったりします……(←聞いてない)



■死(麻央)
あらためて、麻央くんは黙っていれば本当に綺麗、と感心しました。
ただ、一つ気になったのは……大劇場ではほぼ完全な無表情で通していた「死」が、だいぶ表情豊かになってきたなと思いました。……ってことは、大劇場で無表情だったのは、役づくりでも演出でもなかったってことか!?



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