日生劇場にて、ミュージカル「キャバレー」を観てまいりました(だいぶ前に)。



別件ですが、東京芸術劇場の「蜘蛛女のキス」も観ました(^ ^)。
こちらは、キャスト・演出ともに大変素晴らしくて、ぜひぜひ皆様に観ていただきたいと思うのですが(←ちなみに、7日が千秋楽です/涙)、とにかく「キャバレー」の話は「カサブランカ」の楽前に書いてしまいたいので、そちらを先に。




ブロードウェイ・ミュージカル「キャバレー」。

原作はイギリス人作家クリストファ・イシャーウッドのドイツ旅行記「ベルリン物語」。主人公の一人であるクリフォード・ブラッドショー(阿部力)は、クリストファ自身なのでしょうか。
脚本はジョー・マステロフ。
作詞・作曲は「蜘蛛女のキス」「カーテンズ」「シカゴ」「ザ・リンク」のジョン・カンダー&フレッド・エッブ。
1966年の初演の演出はハロルド・プリンス。関係ないですが、初演の演出がハルだったことも「蜘蛛女のキス」との共通点なんですね♪



私はこの作品を過去に二回観ています。(ライザ・ミネリ主演の映画版は未見)
一回目は、MC:市村正親、サリー:前田美波里、クリフ:草刈正雄。正直、音楽は素晴らしくて感動したけど、作品としては「ふぅん」という感じでした。
二度目はブロードウェイのリバイバル版(サム・メンデス演出)。これは素晴らしかった。ラストの演出も印象的でしたし、なんといってもサリー役の女優が若くて可愛くて、ホントにステキだったの♪♪





で、今回のホリプロ上演ですが。

正直、あまり期待はしていませんでした。小池さんの演出というのに惹かれて観たのですが、観る前は『なにもこんな時期(「カサブランカ」と丸かぶり)にやらなくってもねぇ……』という気持ちで一杯でしたし、キャストを聞いたときの印象も、「……」という感じでしたので。


でも。
予想外に面白かったです!
「カサブランカ」と同時上演だったのも納得だったし。いやー、本当に、ぜひお隣に通っていた皆様にも観ていただきたかったわ…。





1929~30年という時代の、ベルリン。

第一次世界大戦に敗れ、何もかも喪ったドイツ。ヴェルサイユ条約の厳しい締め付けと賠償金の取立ては凄まじいインフレを引き起こし、ドイツの経済は事実上崩壊していました。
これを救ったのが、アメリカ資本。追い詰められたドイツが窮鼠となって猫に噛みつく(ソヴィエトと手を組む、とか)を怖れたアメリカは、賠償金の支払い条件の緩和を提案し、資本投下によってドイツ経済の復興を促します。
この資本投下は、アメリカン・バブルで資本に余裕ができた20年代半ばから世界恐慌の29年まで続き、ベルリンは奇跡的な復興を果たしてヨーロッパ屈指の芸術の都として花開きます。オペラハウス、劇場、映画館、キャバレー、、、娯楽施設がひしめきあい、性的にも比較的自由な、解放的な芸術都市。街中に溢れる芸術の匂いに惹かれて、世界中から自称“芸術家”たちが流れ込んでいました……。

同性愛者であったイシャーウッドも、そんな匂いに惹かれてベルリンを訪れた“芸術家”たちの一人だったのでしょうか。
原作となった短編集「ベルリン物語」の一篇、「サリー・ボウルズ」は、享楽的に男から男を渡り歩く女性・サリーが主人公。捕まえようのない彼女の姿は、当時の“ベルリン”そのものであるかのようです。そして、そんな『ベルリンそのもの』と恋を語るアメリカ人のクリフ(“自称”作家)もまた、愚かな蛾たちの一人だ、と。そんなふうに。



まあ、詳しいストーリーはホリプロさんの公式サイトを見ていただくとして。


観劇しながら、この『クリフ』というアメリカ人は、「カサブランカ」におけるアメリカ人観光客カーティスであり、ヒーロー志願だったリック(過去の)でもある んじゃないか、と思いました。

ある都市の「現実」に起こっている、『怖ろしい事態』。
1930年のベルリンではナチスの台頭であり、1941年のカサブランカではナチスの侵攻であるわけですが、これが進む中で、常に『部外者』であり、『帰るところ』がある男。それが、クリフであり、カーティスであり、リックでもあるんだな、と。


シュナイダーやシュルツ、あるいはリックのカフェの客たちや店の従業員たちにとっては、今生きている地が全て。だけどクリフは、カーティスは、リックは、エトランゼなんですよね。あくまでも今は“仮住まい”で、いずれ『居るべき場所』に戻る。そういうものがあるひとたち。


もしかしたらリックは、一度はカサブランカに定住しようと本気で思ったのかもしれません。でも多分、彼自身の本音の一番深いところでは、やっぱりそれを選んではいなかった、と思う。イルザやラズロとのことがなかったとしても、いずれは自ら傷を癒して戻っていっただろうな、と思うんですよね。



そして。
カーティスにとっては『帰る場所』=アメリカで良いけど、
リックにとっては『還る場所』=戦場、という違いがあるわけですが。

クリフにとっては、劇中では『還る場所』=アメリカだったはずなのに、ラストでいきなり引っ繰り返ったことが、非常に興味深い解釈だな、と思ったのでした。
言ってみれば、カーティスがいきなりリックになっちゃったんですよ(^ ^;ゞ それも、ラストの数分間で!!(@ @)



本編の物語が全て終わって、クリフがベルリンを出るために汽車に乗った後。
それは、物語の一番最初に、ベルリンへ向かう汽車の中でエルンスト(戸井勝海)に出会ったときの風景に良く似ているけれども、時は確実に流れていて。

うたた寝するクリフに忍び寄る、MCの影。
彼は、クリフを連れて、影たちのキャバレー(?)に向かう。
そのまま、影たちに迷彩服を着せられ、銃を渡されるクリフ。


差別されるシュルツに心を痛め、虐げられる人々を護ろうとしたクリフ。でも、彼はベルリンではただの観光客。どんなに同情しても、地元のひとびとにしてみれば、「勝手なことを」という感じですよね。
だって、彼らは必死なんですから。命が懸かっているんですから。

……ならば俺も、命を懸けてやろうか?

そんな単純なものではない、とは思います。もちろん。
でも、リックが武器の横流しを始めたきっかけなんて、もしかしたらそんな程度のものだったのかもしれません。
掌いっぱいに溢れた好奇心と、指先につまんで振りかけた正義感。そんな程度、の。



クリフは、ベルリンを出るときに棄てたつもりの愛を引き摺って、武器商人……いや、あの素直さでは武器商人はちょっと難しそうですが、レジスタンスにはなりそうですよね。
あるいは、クリフは“自称”作家なので、剣より強いはずのペンで闘うのかもしれませんが。

彼の前に、そういった途を敷いてあげるMCが、怖いと思いました。
そこまでは、別に何とも思っていなかったのですが。ラストのMCは、怖かったです。本当に。

神の手、あるいは、キャバレーの幽霊。妖精。そんな、非現実的な存在に見えてきて。
MCという存在の意味を、あらためて考えた公演でした……。




それでは、キャスト別に。

■サリー・ボウルズ(藤原紀香)
ベルリンのキャバレー「キット・カット・クラブ」の歌姫。まあ、あれですよ。『誰かに会いたければ、キット・カット・クラブに行けばいい』的な店の、看板、というわけです。
なのに。愛人だったクラブのオーナーと喧嘩して店もアパートも追い出され、知り合ったばかりのクリフの家に転がり込み、そのまま居ついてしまう。

彼女には目の前の現実しかみえなくて。享楽的で刹那的で、男から男へ、気楽に渡り歩いてきた。そんな彼女の前半生にショックを受けるクリフ。
そんな二人でも、時間がたてば子供ができて、その子供のために二人でがんばろう、と誓い合うが……

さすがの華やかさと超絶なスタイルの良さで、一見の価値はありました。歌も、歌姫と呼ぶにはちょっと弱いけど、まあ、あのくらい歌えていればタレントとしては十分な仕事をしていたと思います。
ただ、以前観た前田美波里さんもそうだったんですが、藤原さんも健康的で前向きな精神の持ち主であることが随所に垣間見えてしまうので、どう考えてもサリーのような選択をしそうにない(- -; という印象が否めなくて(涙)。

どうして日本ではああも健康的なキャラクターがサリーに回ってくるんでしょうね(T T)。
ああ、でも確かに、不健康な色っぽい系の破滅的なタイプで、「歌姫」と言われるだけの華やかさと歌唱力があって……って言われても、うーん、思いつかない……。



■クリフォード・ブラッドショー(阿部力)
容姿も芝居も歌も、すべてが「素直」の一言、という感じで、役には非常に合っていたような気がします。以前観た草刈さんがあまりにも濃ゆくて胸焼けがする感じだったので、このくらいサラッとした存在感のクリフもありだなあ、と思いました。

水のように、全てを受け容れ、赦して去っていくエトランゼ。その生活感の無さが、いかにも『外国人』らしくて良かったような気がします。手垢がついていない感じなんですよね。あれは彼の個性だと思うので、素直さを武器にご活躍いただきたいと思います。



■フロイライン・シュナイダー(杜けあき)
キャスティングを聞いたときの私の印象は、「事実上の主役はシュナイダーとシュルツの二人だな」でした……(^ ^;ゞ いやー、めっちゃ楽しみでした(はぁと)。

杜さんにとってもあそこまでの老け役は冒険だったんじゃないかと思うんですが、大地の女神のような重たさのある見事な芝居で、「キャバレー」という物語の一方の核としての役割を、きちんと果たしていたと思います。私の期待値のハードルは相当に高かったはずなのですが、それでも期待以上だった杜さんはさすがだな、と思います(*^ ^*)。


シュナイダーの選択は、当時の『ドイツ人』にとっては「普通の」選択、なんですよね。
それがどんなにか厳しい差別であり、『庶民』一人一人が、恐怖からそういう差別に加担することによって、差別する側にもされる側にも逃げ場がなくなっていく という現実はあるのですけれども、それでも、彼らはそうやって、自分の運命を「選択」していく。それは彼らの罪ではないのか?という疑問を抱えつつ。
当時はまだワイマール政権下。ナチスは台頭してきているとはいえ、ドイツ人とユダヤ人の結婚が表立って禁じられているわけでも、罪もないユダヤ人の財産が没収されたりといったことが罷り通っていたわけでも、まだ、ない。
それでも、確かに恐怖はあった。だから、アニーナとヤンが故郷を棄てたように、シュナイダーはシュルツを、彼女自身の生涯最後の恋を切り捨てる。
それでも彼女は、生きていくことを望むのです。
このベルリンで。今まで生きてきたとおりに。

今までと同じ時代は、もう間もなく終わるのに。


……そういう“時代の重み”を独りで、……いや、シュルツの木場さんと二人できちんと伝えてくれたのが凄いなあ、と。うん。歌も素晴らしかったし、(木場さんが巧いのに驚きました!もっとミュージカルに出てほしい!!)
本当に、大変良かったです(*^ ^*)。



■ヘル・シュルツ(木場勝己)
フロイライン・シュナイダーの恋人。ユダヤ人。
もう、木場さんが本当に素敵すぎてクラクラしました。……こないだ観たときは、無骨だけどヤることはしっかりヤってたタルボット卿(ヘンリー六世)だったのに!

なんて可愛いんでしょう。なんて素敵なんでしょう。
「……でも、私はドイツ人です」
その一言の重み、そこに籠められた明解な誇りが、とても胸に刺さります。木場さんだからこその、見事なシュルツでした。良いものを見せていただきました!



■フロイライン・コスト(高嶺ふぶき)
フロイライン・シュナイダーの下宿の下宿人。
生き延びるために、次から次と男を連れ込む娼婦同然の女。色っぽい化粧としどけないしぐさが珍しくて、思わず見入ってしまいました。歌も芝居もさすがで、とても良かったです♪



■エルンスト・ルートヴィヒ(戸井勝海)
ベルリンに向かう汽車の中でクリフと知り合うビジネスマン。実は、ナチスの党員。
とってもお似合いでした。そういえば、「ミス・サイゴン」ではトゥイでしたね♪
前半はちょっと企みすぎかな?とも思ったのですが、後半、シュナイダーとシュルツの結婚式での豹変ぶりをみると、あれでも大分抑えていたんだな、と思います。

もし万が一、「カサブランカ」を外部で上演することがあれば、シュトラッサーはこの人でお願いしたい!!この人の声で「シュトラッサーの屈辱」を聴いてみたいです(*^ ^*)。



■MC(諸星和己)
想像していたよりもずっと良くて、非常に感心しました。
私は光GENJI時代をほとんど知りませんが、いつの間にか、こんなに良い役者になってたんですね(@ @)。歌もダンスも、ミュージカルっぽくはないけれどもアイドルチックでもなくて、なんとなくMCという役の存在にあっているような気がしました。
「大好きな役をやっている!」という喜びが全身から溢れていて、素晴らしかったです。
……ローラースケートは、まあ、ファンサービスかな?(^ ^)。



アンサンブル陣もなかなか充実していたし、全体に小池さんらしいキャスティングだな、と思いました。「キャバレー」という作品のファンの方にとってはイロイロ思うところもおありでしょうけれども、なかなかに面白い試みだったと思います。
ぜひ、お隣の東京宝塚劇場とのコラボという斬新な試みに、付き合ってあげてくださいませ(^ ^)。

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コメント

nophoto
通りすがり
2010年2月6日10:52

『キャバレー』を色々とご覧になっていらっしゃるのですね!!
でも、大昔ですがOGの順みつきさんのサリーも観て欲しかったな〜
尾藤さんや 淀かおるさん達と共演したんですよ。
25年以上前の遠い昔の思い出です。

みつきねこ
2010年2月7日1:28

通りすがりさま

こんばんは♪コメントありがとうございます!

> でも、大昔ですがOGの順みつきさんのサリーも観て欲しかったな〜
> 尾藤さんや 淀かおるさん達と共演したんですよ。

観たかったです(涙)。でも、そもそも舞台を観るようになったのが。まさに市村さんのMCだったシアターアプルの公演があったころだったので、全然間に合わず……。
映像とかあるといいんですけどね。プログラムの写真の順さんサリー、可愛いなーと思いました(^ ^)。

nophoto
hanihani
2010年2月9日15:49

順みつきさんの「キャバレー」が私の初めての「キャバレー」観劇で
そして基本です。

MCは尾藤イサオさんでしたね

みっきーさんは直前の宝塚の公演でショーでちょっとキャバレーっぽい場面があって
ああ、そういうことなの?と思った記憶があります。
みっきーさんはとても似合っていたと今も思うのであの後、再演されなくて
残念だなぁと思います。

クリストファーをやった俳優さんがシェークスピアシアターの方だったと思うのですが、その空気の違いも面白くて楽しい舞台でした。

「カサブランカ」に費やして(あと、お茶会5つ行ったので)予算がなくて今回観れなかったのが残念です。

みつきねこ
2010年2月11日1:50

順さんのサリー、こうやって次々コメントが入るってことは、さぞ良かったんでしょうねぇ……
いいなあ、観たかったです。
私が観た日本のサリーは、前田美波里さんも藤原紀香さんも『前向きで健康的な美女』で……なんか違ってたんですよね。


>クリストファーをやった俳優さんがシェークスピアシアターの方だったと思うのですが、その空気の違いも面白くて楽しい舞台でした。

田代隆秀さんですよね。「レ・ミゼラブル」のグランテールとか、劇団四季にも出ていらっしゃったのでなんとなくわかりますが……クリフも似合いそうですね(はぁと)

東宝で宙組公演中(しかも一ヶ月の短期集中)なのに、「ファニーガール」に「ウーマン・イン・ホワイト」に「キャバレー」に「蜘蛛女のキス」に………他にもいっぱい観たいものがあったのに、全然観られませんでした(T T)。「ファニーガール」も観たかったなあ……。


あああ、そうこうしているうちに二月も終わってしまいそうです……しょぼん。