年末のことですが。

東京芸術劇場中ホールにて、音楽座ミュージカル「泣かないで」を観劇いたしました。



原作は、1963年に発表された遠藤周作の小説「わたしが・棄てた・女」。
音楽座がミュージカル化したのが1994年。音楽座が解散する二年前。
解散後も1997年に再演されていますが、なかなかスケジュールが合わなくて、私には今回が初見になりました。
遠藤周作ファンなので、やっと観ることができて、なんだか安心したような(^ ^)。




音楽座作品(プロデュース作品を含む)は、タカラヅカとは対極(?)にあるような、非常にリアルな作風。特に、原作自体が相当に悲惨で読むのも苦しいような作品であり、それをかなり忠実に、生真面目にミュージカル化しているものだから、『夢』も『希望』も無い、辛い作品になってしまっていたことは否定できないと思います。

でも、そんな悲惨な状況の中でも、ただただ真直ぐに不器用に生きて、誰よりも愛されたヒロインの森田ミツ(高野菜々)。彼女が最後に遺す言の葉は、彼女の性格どおりにとても優しくて、痛々しいほど真っ直ぐで。


♪たとえどんなに小さなことでも
♪心に傷を残して過ぎてゆく


出会ったことにも、棄てたことにも、そして棄てられたことにも、意味はあるのだ。たぶん。


♪この胸の奥で、誰かがささやく声がする
 ……泣かないで、
   泣かないで……

いつもあなたを視ているから、と。





富士山の麓にある癩(ハンセン)病患者の保護施設「復活病院」を舞台にしたこの作品。
ヒロイン・森田ミツには、一人の実在のモデルがいたそうです。
裕福な家に生まれ、幸せな縁談さえ決まっていながら「癩(ハンセン)病」と診断された、22歳のうら若い美女。隔離政策のため、御殿場にあった「神山復生病院」に入院させられて数年。再検査で誤診であったことが判明し、家に戻るよう言われるが、そのまま病院に残って看護婦として一生を捧げた、井深八重。


森田ミツは、モデルとなった井深八重とは違い、貧乏な田舎育ちで、垢抜けない芋娘。
雑誌の文通欄で若い学生(吉岡努/藤岡正明)と知り合い、デートすることになるが、男の方はただ「ヤル」ことしか頭に無かった……

戦後の混乱期の東京で、ただ一度出会い、そのまま棄てられた娘。男と付き合ったこともなく、初めて出会った大学生にのぼせあがって、何もかもあげてしまったのに。
彼との二度目のデートを夢見て、綺麗なカーディガンを買うお金を貯めようと決意するナンバーは、明るくて軽やかで可愛らしいのに、観客は吉岡の本音を知っている。……観ていて一番辛い所でした。
そんなこんなしているうちに、ミツは手首のあざを診た医者に「ハンセン病かもしれない」と診断され、「復活病院」に行くよう指示される……。




ミツ側の物語は、ごくシンプルです。
苦しい生活 ⇒ 初めてのデートで有頂天 ⇒ その後、なかなか会えなくて切ない ⇒
⇒ 病院での診断に衝撃を受ける ⇒ 悲壮な決意で病院に向かう ⇒
⇒ 不安に怯える入院生活 ⇒ 誤診だった!という歓喜 ⇒
⇒ 後ろ髪ひかれる想い ⇒ 病院に戻り、彼らと共に生きることを決意 ⇒ 心の平安



それに対して、縒り縄のように絡みつく吉岡の物語も、ある意味物凄くシンプル。
苦しい学生生活 ⇒ 欲望のはけ口としての女(森田ミツ) ⇒
⇒ ミツを棄てて大学を卒業し、就職する ⇒ 学歴の低い先輩たちに苛められる ⇒
⇒ 社長の姪である美人(三浦マリ子/井田安寿)と親しくなり、口説く ⇒
⇒ マリ子と結婚(逆玉?)し、幸せな家庭を築く

けれども、彼の人生は、そこかしこの場面でミツとの思い出がフラッシュバックする。
卒業するとき。就職先で。マリ子との会話の中で。
そのたびにかれは、街のどこかにいるミツを求めて彷徨う。蜜を求めて飛び回る蜜蜂のように。

おそらく、彼にとってミツは「天使」だったんだろうな、と思いました。
「眼には見えないけれども、いつも自分を見ていてくれる」存在。
いつか彼女が、自分の罪を暴きに来るだろう、と。
現世でか、隔り世でか、それはわからないけれども、いつの日か白い翼を拡げて、彼女が自分を迎えに来るのだろう、と。

それはいわば『心の中の神』です。ミツは、棄てられることで吉岡にとってのそういう存在になった。あるいは、吉岡はミツを棄てることで、「いつも誰かが視ている」という観念から逃れられなくなった。それは、「常に神は視ておられる」という観念にとても近い。
クリスチャンである遠藤周作らしい、見事なレトリック。

別に、吉岡はこの物語の中でなんら罰を受けないんですよね。天に召されるのはミツだし、吉岡はマリ子と幸せな結婚生活を送り、長生きする。でも、その人生が幸せなものだったのか?ということなんだと思います。
幸せなのかもしれない。それは、吉岡自身にしかわからない、決められないことなのだと思う。

そして、藤岡さんの吉岡務は、その人生を「幸せだった」と言い切れるだけの強さがあるように見えました。
自分が選んだ人生なのだから、と。ミツを棄てたことも、それによって背負ったものの重さも受け入れて、彼は彼の人生を一歩ずつ歩いていく。

ミツがミツの人生を、ゆっくりと歩いていったように。



森田ミツ(高野菜々)
可愛らしくて一生懸命で、役によく合っていたと思います。歌声も素直で聴きやすかった♪


吉岡努(藤岡正明)
「レ・ミゼラブル」のマリウスだの「ミス・サイゴン」のクリスだの、立て続けにメジャー作品の二枚目役を演じた藤岡さん。吉岡は非常にイヤな奴なのでやりにくかったのではないかと思うのですが、なかなか良かったと思います。「悪い奴」なのではなく、単に「嫌な奴」というか(^ ^;ゞ、彼なりに一生懸命生きたら、回りの反感を買っちゃった……みたいな、なんともいえずKYな感じがすごく良かったです(←誉めてるんですってば!)。
歌は流石の一言。Rカンパニーメンバーとはランクが違う感じがしました(^ ^)。


三浦マリ子(井田安寿)
元四季の井田さん。可愛いダンサーという認識だったのですが(←だって「コンタクト」のピンクが一番印象的だったし……)、芝居も歌も良かったです。さりげない存在感と、美人すぎない上品さが魅力的でした♪
こないだの「メトロに乗って」再演では、お時(初演は福麻むつ美)を演じられたんですね。こんなに素敵な女優さんになっているんなら、観れば良かったなあ……。


スール・山形(秋本みな子)
こちらも元四季。劇団四季も、数年前に中堅がごそっと辞めましたが、Rカンパニーに入った人は案外と多いんですね。四季時代から、『何をやらせても安心な人』という評価は確立していたと思いますが、「復活病院」のシスター役、という難しい役を自然体でやれるところは本当に凄いな、と思いました。
病院に戻ってきたミツが「あたしも病院で働きたい」と言うのに、「あなたは私たちとは違う(だから無理よ)」みたいなことを言って東京に帰そうとする場面がすごく良かったです。ああ、秋本さんの「メトロに乗って」みち子(初演は毬谷友子)を観たかったなあ(; ;)。そんなキャストだったなんて知らなかったよ(↓)。




他のRカンパニーメンバーも皆さんがんばってました。
で、「タカラジェンヌのスタイルって異常なんだな」と改めて認識したりもしました(^ ^)。






……以下、つぶやきです(^ ^)v

タカラヅカファンかつ宙組ファンの猫にとって、この作品で一番面白かったのは、
吉岡とマリ子が映画を観る場面でした。

その映画館でやっていたのは「カサブランカ」だったの!!

ロビーでの二人の芝居がメインなので映像は出ないんですが、音だけは、いかにもドア越しに微かに聴こえてくるっぽくぼかされた、何を言ってるんだかさっぱり判らない音が流れていて。
すっごいソレらしい!!とテンション上がりました(^ ^)。

そして、その後の場面では、トレンチコートを着た男と女のデュエットダンスがちょっと(場つなぎみたいな感じですが)あって、これは空港の場面をイメージしているのかな?と思いながら見入ってしまいました。

いやーーーーーー、
それにしても、祐飛さんのトレンチコートの着こなしがいかに素晴らしいか、を思い知らされてみました(←いまさら?)




宙組ファン&映画「カサブランカ」ファンのみなさま、
これから、相模大野と大阪で公演をするみたいなので、もし暇で暇でしょーがないようでしたらご覧になると面白いかもしれませんよ★保証はいたしかねますけど、ねっ★



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