新国立劇場にて、「ヘンリー六世 第一部~百年戦争」を観劇してまりました。


もともとが三部構成の長大な戯曲で、シェイクスピア作品の中で、日本ではあまり上演される機会のないイギリス史劇。
私も観たことがなかった作品ですが、戯曲どおりの三部作一気上演、ときいて、さすが新国立劇場、思い切ったことをするなあと楽しみにしていたのですが。


まだ第一部しか観ておりませんが、予想以上に面白かったです(^ ^)。
これは、二部・三部も楽しみですわ♪♪ チケットがんばるぞー!(←とりあえず一部だけ、と思っていた)



宝塚でもおなじみの小田島雄志氏の訳本をもとにした脚本で、演出は新国立劇場の芸術監督・鵜山仁さん。

まず目を惹いたのは舞台装置(?)だったのですが、スタッフリストをどう見ればいいのか良く判らない……。「美術」の島次郎さんってことでいいのかしら?
新国立劇場中劇場の広い舞台を、手前は平らで、奥に行くとかなり急角度に持ち上がった八百屋舞台に仕上げていました。舞台奥に人を立たせてスポットで浮かび上がらせると、本当に遠い風景のように見えるのが印象的。
舞台手前側の下手半分には、ごちゃごちゃとゴミ捨て場か何かのように見えるモノを配置し、上手半分には思い切って広い本水の池を設置。なんとなくダイヤ形みたいな形の舞台になっていました。

上手側の池は結構広くて、雨が降ったり中に人が入ったりしていましたが、最前列のお客さんが濡れたりといったことはなかったのかなあ?あの池ごしに観る風景は、本来の舞台鑑賞とはちょっと違う意味で面白そうだなあ、と思いました(^ ^)。
ちなみに本来の舞台鑑賞的には、池のおかげで舞台の中心が本来のセンターより少し下手側になっていたので、少し下手寄りの席の方が観やすいんじゃないかと思います。



基本的にセットらしいセットはなく、椅子(玉座)と池の畔に時々降りてくる物見の塔と、あとは真ん中奥に降りてくる城門、くらいだったんじゃないかな。そうか、そういえばスタッフリストに「装置」という項目が無いわ。あれは「大道具」ってことなのかな。

他には、時々木が生えたり、天幕が吊られたりするくらいで、本当にシンプルな舞台でした。衣装もいかにも当時っぽくみえるけど、とてもシンプル。
物語が非常に複雑で、登場人物も多く、人間関係が実に実に入り組んでいるので、舞台のシンプルさとちょうどバランスがとれているなあと思いました♪



しっかし人間関係がわけわかめだった……。一瞬でも気を逸らすと話がわからなくなる(というか、誰が誰だかさっぱりわからない)ので、かなりの緊張感をもって観たのですが。
あれを一日に三部を一挙上演とか、演る方も大変だろうけど、観るほうも無理そう……と思ってしまった(^ ^;ゞ。まあ、私がイギリス史を知らなすぎるだけで、高校世界史レベルのイギリス史が頭に入っているかたなら問題ないのかもしれませんが。残念ながら日本史選択だった猫は、人物名だけで迷子になりました。えっとえっと、この人誰?が多すぎる(; ;)。プログラムの系図はちらっと見ておいたんだけど、名前と人間関係が元々頭に入っていないから、何を言われてもさっぱりハテナ。
フランス側は基本的に青いマントをつけていたのと、途中からランカスター側は赤薔薇を、ヨーク側は白薔薇を胸につけてくれるようになったので、だいぶわかるようになりましたが…。うーむ。





幕開きは、ヘンリー六世の父・ヘンリー5世の葬式の場面から。
ここで、おじさんたち(←失礼)が入れ替わり立ち替わり、相手の名前を呼びながら色んなことを言うのですが。
まず、ここで一瞬挫けそうになりました。君たち、誰?

いやー、たぶんあれですよね。日本で言えば幕末史みたいなものなんでしょうね、きっと。シェイクスピアがこの作品を書いた頃の民衆にとっての、ヘンリー六世の治世っていうのは。
出てくる人たちの名前くらいは皆が知っていて、「沖田」「近藤」「坂本」「桂」などと互いに名前を呼びかければ、それぞれが所属していた集団の名前と簡単な功績と、そして人間関係のおおまかなところがパッと浮かぶ、そのくらいの。


ヘンリー五世は「英雄」だったんですね。
英仏の百年戦争の英雄。アジンコートの勝利者で、フランス王シャルル六世の王位継承権者。彼がもうしばらく生きていたら、フランスの王位を継いでイングランド=フランス連合王国となり、あげくに全ヨーロッパを支配していたかもしれない。

でも、彼は死んだ。
思いもよらぬ病気による急死。後に遺されたのは、わずか9ヶ月の赤児。
こうしてヘンリー六世(浦井健治)は、まだ立って歩くことさえできない時代にランカスター朝の王者となり、さらに二ヵ月後、フランス王シャルルの死に伴ってフランス王位も継ぎ、イングランドとフランス両国の王となった。
喋ることもできない赤児が。叔父のベッドフォード公ジョン(金内喜久夫/フランス王国摂政)とグロスター公ハンフリー(中嶋しゅう)が摂政として立ち、さらに、大叔父であるエクセター公トマス(菅野菜保之)やウィンチェスター司教(勝部演之/後のヘンリー枢機卿)らに見守られて。




第一部では、タイトルロールであるヘンリー六世はほとんど出てきません。
あれっ?というほど、浦井君だけが目当てで観に来ていたらがっくりしたんじゃないか、と思うほど、出てこない。
シェイクスピアの史劇のタイトルは、人物名じゃなくて時代名なんだな、と思いました。
たとえて言うなら「昭和」みたいな感じ?べつに昭和天皇を主人公にしているわけじゃなくて、ある種の『時代』の象徴として昭和天皇の名前を使った、みたいな。

いや、まあ、もしかしたら第二部や第三部では実際にタイトルロールらしい存在になるのかもしれませんが、第一部の物語が始まった時点では生後9ヶ月だし、「百年戦争」という副題が物語るとおり、基本的にはフランスでの戦いが中心の物語になっているので、二幕になってフランスに軍勢と共にあらわれるまでは、彼自身は本当にほとんど出てこないんですよね。

ただ、そんなわずかな出番でも、浦井くんの柔らかくて優しい『少年』の声が、無骨でガサガサした印象の世界の中で、一滴の甘露のように響きました。やさしすぎて乱世の王には向いていなかった、と言われ、ランカスター朝が滅ぶ原因となった王ですが、平時であれば、あるいは成人してから王座に就いたなら名君と呼ばれたのかもしれないな、と思わせる存在感がありました。
ただの駄目な王では「ヘンリー六世」という戯曲にはならないので
短めのマッシュルームカットの金髪鬘で顔の輪郭も隠して、白のシンプルな長衣に身を包んで、誰の助けも求めずに凛と立っている姿は、なんだか憂き世離れした天使みたいに清らかで。
血なまぐさい百年戦争から薔薇戦争へと続く時代の象徴としては、不思議な存在だなーと思いました。



で。
事実上、第一部の主役は、フランスで闘った聖処女ジャンヌ・ダルク(ソニン)と、イングランド軍の英雄トールポット卿(木場勝巳/ジョン・タルボット。のちのシュールズベリー伯)。

とにかく、ジャンヌ・ダルクが面白い役でした。ソニンは、普通なら十分に聞ける日本語なんですが、難解な台詞の多いシェイクスピアの、中でもこの「魔女の弁舌」とまで言われる役をやらせるにはちょっと惜しい感じだったのが残念。前半は、その独特の口調が「神の声が口から奔流となって溢れている娘」の巫女っぽさ(?)を表現しているのかなーと思ったのですが、後半はちょっと気になりました。
個人的に、すみ花ちゃんで観てみたいなーと思いました。いや、宝塚で上演するような作品ではないので、いつかすみ花ちゃんが宝塚を卒業したら…という意味ですが。

トールボット卿はめっちゃ素敵でした(はぁと)。正義の武人で、高貴な魂の持ち主。それでいてちゃんと茶目っ気もあって、可愛いおじさんで。いやー、惚れるわ~(*^ ^*)。
ラストの方で、舞台奥の高くなっているところに立ち尽くしている姿を遠景にしながら、舞台手前(近景)でサマーセット公エドマンド・ボーフォート(水野龍司)とヨーク公リチャード・プランタジネット(渡辺徹)の対立を描き、援軍を得られずに死んでいくトールボット卿を讃える場面につないでいくあたりが凄くドラマティックで、いい場面でした。

ある意味、第一部はトールボット卿の死とジャンヌ・ダルクの刑死でほぼ終わりで、あとは第二部へつなぐための前振りとして、サフォーク公ウィリアム・ド・ラ・ポール(村井国夫)とマーガレット・アンジュー(中嶋朋子/アンジュー公、ナポリ王レニエの娘、後のヘンリー六世妃)との出会いを描いて幕が降りました。
一目でマーガレットと恋に落ちたのに、自分に妻があるばかりに結ばれることを諦め、自分の野心のために美しい姫を主君に捧げようとする男。グロスター公ハンフリーが進めていたアルマニャック伯の娘との縁談を邪魔して彼の権威を失墜させ、自分が王の側近になろうとして……。
第二部ではこのあたりの話が掘り下げられるんだろうな、と思うと、とても楽しみなのですが、こういうヒキがあると、第一部だけ独立して観ても本当に意味がないなあ、と思いますわ(; ;)。





私のイギリス史に関する知識は、事実上ジョセフィン・テイの「時の娘」(リチャード三世の史実を検証した推理小説)のみ、なので。リチャード三世より一世代前の「百年戦争」は、本当に誰一人知っている人がいない状態(←いばるな)。
あらすじを読んだ感じでは、第三部くらいになるとそのあたりの話になるみたいなので、だいぶ知っている話になりそうなんですけどね。うーん、がんばろう……。




この作品、来年の4月には蜷川演出版も上演される(於・彩の国さいたま芸術劇場)ことが発表になっていて、滅多に上演されることのない作品なのに1年間に2チームとは珍しい!!と思っていたんですよね。
タイトルロールのヘンリー六世に上川隆也、ジャンヌ・ダルクと王妃マーガレットに大竹しのぶというキャスティングも魅力的。ちなみに、こちらは松岡和子氏の訳本を河合祥一郎氏がダイジェストにした一本案、ということで、上演時間は6時間だそうですが。

……宙組のドラマシティ&青年館と丸被りなんだよね………(T T)。
あああ、観たかったなあ(←過去形かよ)。



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