ザ・ダイバー

2009年9月20日 演劇
東京芸術劇場小ホールにて、「ザ・ダイバー」を観劇してまいりました。


野田秀樹が官営劇場である東京芸術劇場の芸術監督に就任した記念プログラムのひとつとして上演された作品。昨夏ロンドンで初演(ロンドンキャスト)され、その後日本でも上演されましたが、そのときはチケットが手に入らず観られなかった作品。
今回は日本キャストということで、大竹しのぶ・渡辺いっけい・北村有起哉+初演から引き続き野田自身、という超豪華キャスト。



放火殺人(子供二人)の容疑で拘束され、尋問を受けている一人の女(大竹しのぶ)。
恐ろしい鬼警部(渡辺いっけい)と、ちょっとチャラ男っぽいが陰湿な雰囲気のある検察官・北村有起哉)の取調べが連日繰り返されている。しかし、女には犯罪を犯した自覚がなく、多重人格(?)の疑いがあるということで、精神科医(野田秀樹)が呼ばれる。
精神科医は彼女の心の奥に潜り、彼女の真実を見つけ出そうとするー。



ヒトの心を「海」と呼ぶ人は多いですが、この物語は、まさに「心の海に潜る」ダイバーの物語、という表向きの設定と、「海女」という謡曲の裏設定の二重構造になっています。
私は「海女」のことは全然知らなかったのですが、パンフレットによると、藤原不比等の物語だそうですね。州崎の沖の龍に宝物(“面向不背の玉”)を奪われた不比等が、州崎の海女と結婚し、三年間共に暮らして子供をそだてる。その上で、彼は海女に「宝物を奪い取ってきてくれないか」と頼む。龍の宝に手を出せば死は免れないと知りながら、海女は夫に問いかける。「身分卑しい自分の息子でも、あなたは藤原家の嫡男として扱ってくれますか?」と。
不比等は肯い、約束を交わして潜る妻を見送る。数日後、海女の死体が揚がり、胸を切り裂いた傷の中から、面向不背の玉が出てくる……。


そして、もう一つ、全体を通したモチーフになっている「源氏物語」。「女」は、会社の同僚(?)の「男」(北村)と恋に落ちる。……彼に家庭があるということを、最初は知らずに。
そんな恋を、彼女は「源氏物語」の中のいろんな女性たちのエピソードとして記憶している。時に夕顔、時に明石、そして、時に六条御息所になりきって語る彼女に、精神科医は溜息をこぼす…。




女を自分の思い通りにしようとする男=源氏(北村)に翻弄され、壊れていく「女」。男に言われるままに子供を堕ろし、その罪悪感に押しつぶされて。
「男」の「妻」(野田秀樹)の罵りの言葉に破壊された「女」は、「男」と「妻」が住まうアパート=「家庭」に火をかける。それはたぶん、彼女にとっては悪魔を滅ぼす浄化の炎、葵の上に取り憑いた悪霊を滅ぼそうとする火。彼女自身が既に生霊になっていることに気づきもせずに。
護摩に焚かれた芥子の香りがしみついた身体を引きずって、否定しようとして。彼女は、次々に源氏物語の女性を名乗ってみせる。

それでも、完全に忘れられたわけではなかった。
「四人、死んだわ…」
そんな呟きに、本名の「女」が覗く。けれども、そんな「女」は、あっという間に精神の海の底に沈んでいくーーーー。





終盤、自分の身体に染み付いた芥子の香りに気づいた「女」と問答に持ち込み、“自分が誰なのか”を思い出させようとする精神科医が、「女」の精神の海の深みに共に潜っていく場面。
それまで血のような朱を基調にしていた照明が、ふいに冷たく澄んだアイスブルーに変わり、すべての音源が消えて。二人は共に、ゆっくりと泳ぐ振り付けでスローモーションで動き……

そして。


探していたものを見つけた女が、それを精神科医に差し出す。
それはたぶん、「海女」が探していた“龍玉”。自分の子供の出世を約するもの。だからこそ、あんなにも大切そうに取り出して、自分の全てと共に、差し出して見せる。
自分の精神の、海の底から。


龍玉を受け取った精神科医は、水面を目指して泳ぎーーーそして、産声をあげる。
生まれなかった「女」の、子供たちの替わりに。

出世の約定を握りしめた、運命の子供の産声が響く。
この世には生まれることのできなかった子供の、産声が。







大竹しのぶ。
声色ひとつ、姿勢ひとつで一瞬にして別人になりきれる彼女にとって、この役はまさに嵌り役。ロンドンキャストの素晴らしさも噂では聞いていますが、大竹さんの「女」を観ることができて、本当によかったです。
「本能的な役者」ってよく言われている人ですが、久々に、“本当に計算してないなー”としみじみ思ってしまう役でした。



渡辺いっけい
鬼警部からバラエティ番組の司会者(頭の中将)役まで、ホント幅広い人だなあ(^ ^)。
いや~素晴らしかったです。警部として「女」を脅しつける迫力も凄かったし、軽妙な場面はとことん軽妙で。舞台で拝見するのは久しぶりだったのですが、さすがだーと感心しきりでした。



北村有起哉
細面に髭がよく似合って、「源氏の君」と呼ばれることに違和感がなかった。素敵でした!
全てはお前が悪いんだよ!という気もするんですけど、男と女ってそう単純なものじゃないからねぇ、とも思うし。「女」がそこまで嵌りこむ魅力がちゃんとあったから、物語に説得力があったと思います。
まあ、傍から見ていたら、本当にしょうのない男って感じですけどね(苦笑)気障でナルで、しかもヘタレなんだもん(- -;



野田秀樹
舞台に立っている姿を拝見するのは久しぶりでしたが、さすがでしたね。物語の主役はもちろん「女」だし大竹さんなんですけど、「ザ・ダイバー」というタイトルのタイトルロールは精神科医だったのかな、と、ラストを視て思いました。産まれなおすのは彼だから。


演出的な面では…、
舞台セットは、ソファと椅子がいくつかあるだけのシンプルなものでした。衣装もほとんど着替えはなく、ただ、現代の普通の服の上に軽いショールみたいなものを巻いたり、オーガンジーの被衣みたいなものを羽織ったり…という程度。印象的だったのは、「女」が堕した子供の象徴(そのときに流した血の象徴)である紅い布、でしょうか。
そして、面白かったのは、ただの回想ではなくて象徴的な意味のある場面になると、登場人物たちがフェースカバーみたいなメッシュの袋を被って演じていたこと。すり替えもすごく巧くて、ちょっとソファの後ろに倒れこんでみて、起きて来たらもう鬼女の面が描かれたフェースカバーを被っている、みたいなのが凄く印象的にでした。
紅い布をはおり、鬼女の面をつけた大竹さんの、崇高なまでの美しさ。このあたりの小物使いは、野田さんらしいなーと思いましたね。

音楽は、謡曲「海女」と「六条」をモチーフにしているだけあって、音楽はお囃子の生演奏。腹に響く鼓の音と空気を切り裂く笛が、物語を進めてくれた印象があります。このほかにも、録音でいろんな音源も使っていましたが、やっぱり生演奏の迫力はいいなあと思いました。




公演の話とは関係ないのですが、野田さん、芸術監督就任、おめでとうございます♪
「天翔かける風に」も野田さんの芸術監督就任記念プログラムの一環だったんですけど、なんか全然そういう意識はなかったんですよね。
でも今回は、なんだかすごく「ああ、野田さんがここのトップ(?)になったんだなあ」と感慨深くて。野田さんみたいなアンダーグラウンド(←定義としては間違っているような気がしますが…)出身の人が、都とはいえ官営の劇場で芸術監督に就任する時代がきたことに、驚きつつもやっぱり嬉しい、と感じました。

また今後も、刺激的な、面白い作品をたくさん上演してほしいです。

ただ、ミュージカルファン的には、ここ数年続いていたミュージカル月間(2月)はどうなるのかなー?と不安だったりするんですけどね(汗)。野田さん、ミュージカルもよろしくお願いしますねー(^ ^;ゞ



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