宝塚宙組博多座公演「大江山花伝」より。




■第九場 幼き誓い

皆がはけて、舞台上に残る茨木(大空祐飛)と藤の葉(野々すみ花)。

「大江山へ何をしにきた」
茨木の静かな問いに、微かに笑みさえ浮かべて
「死にに」
と言い切る藤子。


幼い日の遠い記憶に圧されて、娘の腕を取る、鬼。
見覚えのない大きな火傷の痕に、驚いて手を放す。

「三年前の大火事で…」

“藤子。やはりお前は藤子か”
“あたしの茨木”

確信は胸の裡で呟かれるのみ。
二人はただ、言葉もなく見つめあい、どちらからともなく、吹き寄せられるように寄り添って舞い始める。

♪とけてはかなき うすむらさきの…

澄み切ってやわらかな、カゲソロの響き。
この静かな声は、どなただったのでしょうか。……花音舞ちゃん?違うかな。


「藤子」
「…誰のこと?」

笑顔さえ浮かべて否定してみせる、少女。

♪茨木と藤子は筒井筒……

風にのって届く、語り部の歌。
同時に、舞台奥には幼い茨木(綾瀬あきな)と藤子(百千糸)が現れる。

「他の女の子と遊んでは嫌!」
幼い少女のわがままに、少年は頬笑んで頷く。
「好きなのは藤子だけじゃ」
「本当?」
嬉しそうに手放しで笑う少女に、少年の笑みはさらに深く。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
と言って袖に消えていく藤子も超可愛いんですけど、それを待つ茨木の、なんだかとろけてしまいそうな笑顔がまた、幸せそうで良かったです♪♪

袖から戻った藤子が抱えている箱をみた茨木が、不思議そうに問い掛ける。
「なにこれ?」
「藤子の宝物につける焼印よ」
「焼印!?……でも、熱いだろう?」
素朴な疑問と僅かな恐れを、迷わずに口にする。
「そりゃ熱いわよ。焼き鏝だもの…」
憮然として応える藤子の、その愛おしさといったら(*^ ^*)。

藤子の強さ。頑固なまでの意思の固さ。思い込んだら絶対に譲らないところ。そういうところは、この幼い時代から全然変わっていないのだ、と、微笑ましく思います。
大江山に茨木が居ると知れば、綱に拒否されても無理矢理についてくるその行動力、も。

えびちゃん(綾瀬)の少年茨木は、娘役としては少し低めの声といい、少し固めの台詞の言い方といい、実に実に少年として違和感が無く、とても良かったです。衣装も似合ってたし、本当にいい子だなあ♪
焼き鏝を当てて倒れた藤子を抱き上げて頬ずりする時の笑顔には、どこか切なげで、苦しげで。でも嬉しそう、という微妙な翳りがあって、大人になった茨木の哀しい運命を想像させてくれたし。

それにしても、焼き鏝を捺して倒れた二人に「二人はとても幸せでした」というナレーションって……どうよ。




そんな、幸せな日々がずっと続くと信じていた、幼い日々。
15になったある日、茨木の姿が急に見えなくなった。

神隠しにあったのか、鬼にさらわれたのか、
……行方は杳としてわからぬまま



必死に探して回る藤子。
“茨木、どこ?あたしの茨木”
宝物を失くした少女の深い嘆き。藤の花に守られた館の奥で、嘆きながら寂しさに身をやいて。
茨木の父の呟きなど、聴こえぬふりで。
「生まれたばかりの赤子であったあの子を拾ったとき、…その白い額には、ありありと……」
なにかを削り落とした痕があった、と、そんな呟きは。

♪とけてはかなき うすむらさきの

幼い日の思い出。
茨木と藤子。大江山の藤波の中で、それぞれの胸に湧きあがる記憶。



そんな幼い日々の藤紫の記憶を焼き尽くすような、炎の記憶。
藤子の身の裡を今も灼く、三年前の、炎。

父も、母も、身よりも、屋敷も、一族郎党すべてを奪った、三年前の“大火事”。
それに巻き込まれた藤子の、過酷な運命……。





すみません、ここでちょっと突っ込んでもいいですか?

ここで、カゲコーラスは綱と藤子の出会いについて、「(火事に巻き込まれて倒れているところを)市中見回りの綱に拾われ、身分を隠して召し仕え…♪」と歌っていますが。

だったら、綱が藤子の顔の火傷を知らないって、おかしくないか?

それに。芝居の冒頭、一条戻り橋で、春風は確かに「近頃屋敷に召抱えた者」と言い方をしているんですけど。
三年前が“近頃”って、いくら「この間の戦争」が応仁の乱だと言われる(←本当か?)京の都でも、ちょっと時代錯誤じゃないでしょうか。


ちなみに、原作では藤の葉は本当に「最近雇い入れたばかり」です。綱は最初、名前もあやふやで、親しげな様子は全く見せません。あくまでも「下働きの娘」という位置。
藤子の、火事から綱の屋敷に入るまでについては原作でも特に説言及されていませんが、「都を荒らす鬼」の風評を知って、頼光の四天王である綱の屋敷にもぐりこんで大江山に来る機会を狙っていたのだ、ということは最後の方で語られます
そのあたり、舞台でははっきりとは語られないのが残念です。




「そして藤子は視たのだな……綱の舘で、この花びら文様のあざを」

追憶から醒めて、茨木がつぶやく。

綱が斬った大江山の鬼の腕に、ついていた文様。それを視て、少女は心を決めたのだ。
「……この、茨木のいる大江山で死ぬのだと」
藤子の想いに引きずられるように、ゆっくりと、自らをかき抱くように抱きしめて、
「あさましの姿や、この身」
細い指が、まるで掻き毟るように爪を立てる。

「あさましや……」

茨木の嘆きを慰めるように、男役声で繰り返される主題歌が、心に沁みてきます。



この場面は、短い時間で茨木と藤の葉の因縁を説明し、しかも二人の現在の心情まで全部伝えきろうという、かなり意欲的な場面になっています。
カゲコーラスのナレーションと、子役の芝居、そして、断片的な片言台詞。なかなかそれだけでイメージを伝えるのは難しいと思うのですが、コーラスのメンバーも、子役のメンバーも、茨木と藤子も、実にうまくかみ合っていたと思います。“伝えたいこと”のイメージがはっきりしていれば、ちゃんと伝わるものなんだなあ、と思いました。



そうそう。もう一つ突っ込みネタがあった(^ ^)。
この場面、終わったらすぐに五蔵(風羽玲亜)が登場するんですけど、ここのカゲソロは何処で歌っていらっしゃるのでしょうか?場面全体で男役のカゲソロは最後だけなのに、さっつんはどう考えても無理ですよねぇ…?(天玲美音さんは余裕)
普通に袖で歌ったら、いらん雑音を拾っちゃうから無理だと思うんですけど、そうでもないのかな。それとも、博多座のカゲボックスは、下手の袖に入ってのすぐのところにある、とかですか?…謎。




■第十場A 綱、頑張る(岩屋に近い路)

場面タイトルはこうですが、綱は出てもきません(^ ^)。

攫われた姫たちが水汲み(?)に行く途中。(たぶん。荷物が軽そうなので、まだ汲んでいないと思われる)

そこに、鬼たち(三田~八飛)が「地獄の一丁目」を歌いながら登場。号令一下、姫たちに 襲い掛かる じゃれつく鬼たち。
とりあえず、手近なところで花園衛門(愛花ちさき)に三田(雅桜歌)、橘少納言(大海亜呼)に八飛(美月遥)、紅少将(花里まな)に六歩と七曲……が行ってた、かなあ?(違うかも)
四面(花露すみか)は、センターか下手あたりをうろうろしていたような気がする。「WEST SIDE STORY」のエニボディズみたいに、アニタをレイプする仲間たちに怯えて泣き出すことはなく、むしろ、男の子たちと一緒になって姫たちをからかっていたような?

センター付近で花園衛門にじゃれつく三田。その腕を、傍に居た伊勢式部(鈴奈沙也)がいきなり取って、思いっきり噛み付いて、
「お前があたしを攫ってきたんだから、責任を取っておくれよ」と責める
責められたあげくに、怯えて(?)逃げ出す三田は、どう見ても中学生男子か、へたすると小学生なんですけど、あれで良いんでしょうか。…可愛くてたまりませんが、なにか。



他の男の子たちも、本当に中学生男子の集団下校、って感じで、不思議なくらい“怖さ”が無いんですよね。身体もまだまだ成長途中の、小六か中一くらいの子供たちが、下校の途中で通りがかる美人OLに声をかけてる図、みたいな感じ。
なんとなく、五蔵がガキ大将で六歩が参謀、七曲は心優しい力持ち系で、八飛は生意気盛りの年少組(←さ、三田の立場は…?)という感じがします。

そんな、日が暮れるまで外遊びするのが当たり前だった時代の子供たちなら、自然と身についていたはずの役割分担を、さりげなく体現している彼ら。このくらいの子供にとっては、戦も遊びも大した違いはないんだろうな、と、切なくなりました…。



三田が伊勢式部に追われてハケた後、花園衛門には五蔵が行った……かな?なんだか、五蔵と六歩でそのあたりは順繰りに手を出していたような気がします(- -;ゞ
そして、ついにキレた橘少納言が「滝壷に身を投げて死んでやる!!」と騒ぎ出しても、誰も気にとめない。「お前なら飛び込んだって良いんだぜ!」って、酷いよ五蔵(T T)。

そこに、下手花道から胡蝶姐さん(花影アリス)一行が登場。
「お前たち、東の溜まりだろう?酒ぁくらって持ち場を離れて、どういうつもりだい」
ピシッと叱る胡蝶姐さんがカッコいい(はぁと)。

「胡蝶姐さん、相変わらず威勢がよござんすねえ」
軽くいなそうとする六歩。慌てて頭をはたく五蔵の状況判断は確かだな。
で、薊姐さん(綾音らいら)が一歩前に出て喋りだした途端、舞台の上手端に逃げていく五蔵。『頭のあがらない姉さんに悪戯を見つかった弟』にしか見えません。でも、そんな状況にも関わらず、姫君に声をかけるのを止めない五蔵は、ただの負けず嫌いなのかも。
五月雨(琴羽桜子)が「しおらしい女なんて古いんだよっ!!」と怒るのに、あえて七曲が「へへーん」みたいな態度を取って、余計怒らせているのがいかにも中学生男子らしい(^ ^;。ぶち切れた五月雨が、吹っ飛んでいって「七曲の莫迦ぁ~~~っ!!」と掴みかかったのが可愛かった★
その合間にも、鬼灯(妃宮さくら)ちゃんはつかつかと花園衛門にしつこく絡む八飛のところに行って、「あたしとゆーものがありながらっ!!」と怒っているし、薊姐さんは、何も言わずに五蔵の背後を取って、「五蔵っ!」と叱りつけてるし……
いやはや。人間関係 鬼関係が入り組んでいて面白いです(^ ^)。
怒られる前にとっとと謝ったらしく、最後は腕を組んで仲良くはけていく六歩と蛍火(舞姫あゆみ)とか、ちぃちゃくなってこそこそと逃げていく四面とか、そこにはいろいろなドラマがあったのでした…。




子供たちが片付いた後、溜息をついて見送りながら、「花園さん」と声をかける胡蝶。
「はい?」
「…これからは、千年杉のおじさんにでも、ついてきてもらうんだね」

「そうですね、……そうします」
礼は、言わない。頭も下げない。

鬼に囚われた自分を、哀れむことに忙しくて。




……花園衛門って、良い役ですよねぇ。誇り高く、凛とした、なのに脆い部分のある、美しい女性。
愛花ちさきちゃんは確かに可愛いんですけど、そういう権高さや強さ、プライドが高いゆえの冷静さみたいなものはあまり感じられなくて、ちょっと残念な気がしました。結構キーパーソンだと想うんだけど。




姫たちを見送った胡蝶が、ふと空を見上げたあたりで、上手花道に樵に扮した坂田公時(鳳翔大)と、綱の部下・広次(風馬翔)が登場。
「ああ、やっぱり降ってきたねぇ……」との呟きを遺して去る胡蝶。

胡蝶がハケるのを待って本舞台に駆け込み、「やはり花園衛門だ!」と歓喜の声をあげる公時。
スタイルの良い大くん、何を着ても似合うなあ(^ ^)。樵も格好良いです。いや、むしろ、武家らしく鎧などなど…をつけているときより、こっちの方が数段似合ってる(^ ^;
口調も自然で、いちいちキメようとしてはひっくり返っていた頼光館での台詞回しより、ずっと良いです(*^ ^*)。

「公時さま、ご無理をなさらぬよう」
そう、心配げに声をかける広次。いかにも真情の篭った声で、よかったです。風馬くんも美月くんも、学年の割に芝居心があっていいなあ、と感心します。これからの宙組は……安泰!?かもね(^ ^;ゞ




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