東京芸術劇場中ホールにて、「オペラ・ド・マランドロ」を観劇してまいりました。



ブレヒトの「三文オペラ」を原作とする作品は数多くありますが、これはブラジルの著名な作曲家シコ・ブアルキによる「ならず者のオペラ」。
日本版の脚本は鈴木勝秀、演出は荻田浩一、主催はアトリエ・ダンカン。



「マランドロ」は、ブラジル語で「ごろつき」「ならず者」という意味になるようですが、作品から受けた印象としては、もう少し愛のある言葉だったような気がします。「ろくでなし」とか、そんな感じ。




1941年、リオデジャネイロ。
1930年代後半から、独裁者ヴァルガスを中心に中央集権、ファシズムに向かっていたブラジル政府がナチス政権支持の声明を発表し、戦争に向かってまっしぐらに向かっていく、そんな時代。

マランドロたちの首魁マックス(別所哲也/マクヒース)は、娼婦マルゴ(マルシア/ジェニー+ルーシー・ロキット)のヒモ。マルゴに子供が出来たと聞いたマックスは、結婚の口約束をし、金を受け取って立ち去る。

その裏で、資産家で娼舘を営むシュトリーデル(小林勝也/ピーチャム氏、夫人は杜けあき)の娘・ルー(石川梨華/ポリー)と密かに結婚式をあげるマックス。
怒り心頭のシュトリーデル夫妻は、マックスの幼馴染で今は刑事(?)のタイガー(石井一孝/ロキット氏)にマックスを逮捕するように命じる……。



役者名の後ろは、「ベガーズオペラ」での役名です。
作品全体をブラジルの慈善団体「シングルマザーの家(代表:杜けあき)」のチャリティー公演、という枠に納めた形式の脚本は、もともとそういう形なのかな?ベガーズオペラもそうでしたし。
もともと、ラストのハッピーエンドが非常に唐突なので、こういう理屈づけもあるんだなあ、と納得しました。

あと、大きな役の中では、タイガーの娘が出てこなくて、彼女の役割(マクヒースの子供ができる&牢獄でポリーと鉢合わせして大喧嘩する)と、は娼婦マルゴがやっていました。確かに、女が三人居ると混乱するので、二人の方がすっきりしていたかも……。
で、マクヒースを裏切る娼婦ジェニーの役割を、ゲイでマックスの部下のジェニ(田中ロウマ)がやっていて、ブラジル流の面白い解釈だな、と思いました。

宝塚花組で上演された「SPEAKEASY」では、二番手の愛華みれさんがピーチャム役でしたが、今回は完全に、石井さん、が演じたタイガーが準主役。それ自体は別に違和感は無かったです。
タイガーがマックスの昔馴染み、というネタは、原作にある設定なのでしょうか?すみません、ちょっと記憶にない……。
タイガーがシュトリーデルの脅迫に屈する最大の原因が「昔はマランドロの仲間だった」ことをバラされたくない、という思いと、女(マルゴ)の存在である、という理由付けがはっきりしていたのも解りやすかったです。作品として、それがいいか悪いかは別として、すごく「解りやすい」脚本でした。
「三文オペラ」は、とにかく登場人物が多くて一回では飲み込めない部分があったので、解りやすくてよかったと思います。
ただ、やっぱりああいう猥雑さというか、いろんな人間関係が入り組んでごちゃごちゃしている中での感情の行き違いみたいな厚みは、弱くなってしまった……かもしれません。



荻田さんの演出は、脚本の面白さを前面に出して、あまり奇を衒わずシンプルでストレート。
随所に荻田さんらしいなあと思うところもありましたが、全体に登場人物の内面描写を重視して、閉塞感のある丁寧なつくりでした。

ただ。

一場面でもいいから、舞台全体を広く使う開放的な場面をいれると、あの閉塞感がもっと生きると思うんですが……。

もともと彼は、わりと大きなセットで舞台を埋めて、閉じられた小さな空間で芝居を作るのが好きなタイプの演出家なんですよね。「凍てついた明日」初演なんかは、芝居をする空間をごく小さくして、そのかわりに「オーディエンス」という役を置いて空間を囲む、という手に出ていたし。

ショーでは、あの広い宝塚大劇場の舞台の端から端まで&銀橋や花道まで、広々と使っていろんな物語を同時進行させていた人ですが、芝居で使う空間は、集中度を増すために小さくなりがち。

最初から最後まで、ごちゃごちゃと大きなセットが舞台の左右を占拠して、せっかく中ホールでやっているのに、小ホールよりもっと小さい舞台面しか使っていなかったと思う。
時代の閉塞感、登場人物の立場(差別される側)からくる夢のなさ、将来への夢の無さという閉塞感を出すには直感的にわかりやすいセットなのですが、いかんせん、一度もそれがハケないので、「本来はもっと広い世界にいける連中なのに、ここに閉じこもっている」という風には伝わらず、そもそも世界が広いという事実を知らない連中、というふうに見える。

……まぁ、それはそういう狙いなのかもしれませんが、あの舞台世界に入ってしまうと、観客も世界が広いことを忘れてしまうので、勿体無いと思うんです。
せっかく、マックスの仲間たちとして DIAMOND☆DOGSが全員出演しているんだから、一場面だけでも舞台全体使って思いっきり躍らせてやってほしかった……。
いや、それはもちろん、ちょこっと踊る振りがどれも粋で格好良かったんですけどね(^ ^;、
フィナーレじゃなくて、芝居の中で、一場面くらいセットを飛ばして欲しかったなあ、と。



「蜘蛛女のキス」の時も思ったのですが。
あの、閉塞感へのこだわりというのは荻田さんの個性なので、あれはあれで良いと思うんですけどね。ただ、やっぱり彼のショーが良かったのは、広い舞台を使い切る場面もちゃんと入れていたからだと思うんですよね。バリエーションがあってこそ、ポイントが生きるわけですから。
観客の立場としても、あれだけのダンサーが出ているミュージカルなんだからダンスシーンを期待してしまいますし。
せっかく才能に溢れた演出家なので、小さな世界に閉じこもることなく、(宝塚を離れても)広い舞台を使い切ることを忘れないで世界構築をしてほしいな、と思います。




それから、もう一つ面白かったのが、ルーのキャラクター。
可愛らしくて気が強い、普通の女の子、だと思っていたのですが……

むしろ、「ユーリンタウン」のヒロイン・ホープのようなキャラクターだったので吃驚しました。
マックスの妻として“事業”を引継ぎ、「表の家業」に変えていこうとする。
が、何もわかっていない強引な手段でマランドロたちの反発を招き、最終的には彼らを解雇して自分自身もマックスも窮地に陥れる。その先の見えなさというか、思いこみの激しさというか……彼女自身が必死であればあるほど、哀れで、そして、滑稽で。

女性であるルー、マルゴ、娼婦たち。
ゲイであるジェニ。
戦争へ向かうファシズムの中で、最初に切り捨てられるのは弱き者たち。彼女たちは無条件に差別され、蔑まれ、才能を認めらずに全てを奪われていく。

ユダヤ系であるシュトリーデルもある意味その仲間なのだけれども、彼はうまく立ち回って抑圧する側に回っているんですね。そのあたりの皮肉がきいていて、苦い物語でした。






別所さんは、男前。
調子が良くていい加減でハンサム。歌もさすがで、良かったと思います。公演が始まってからすぐに観たので、もう少し上演回数を重ねれば、バルジャン以来のヒットになるかも。
ただ、もうちょっと熱量があると、あの物語を支配下におさめることができると思うんですが。ちょっと二枚目すぎて大人しかった印象。マランドロというよりジゴロみたいな感じでした。

石井さんは、嵌り役(^ ^)。
生まれながらのタイガーでした……似合いすぎる。いやー、「蜘蛛女のキス」の主役・モリーナといい、荻田さんの信頼がありますね。むしろ彼に合わせて周りを演出したんじゃないかと思うくらい、自然にブラジル人で(汗)、ほんとうに良かった!!

マルシアは、ある意味主役だった!
マルシアと石井さんが並ぶと、ブラジルの空気が流れ出す気がしました。素晴らしかった!!



石川梨華さんは、回りのメンバーと全く空気が違うのが、良い意味で嵌っていたと思います。
これだけ持っている雰囲気が回りと違うと、こういうそもそも浮いた役が似合うなあ、と思います。この人は、回数を重ねて周りと馴染んでしまう前に観たほうがいいかもしれません(^ ^;

小林勝也さんは、文句なしの達者さ。
杜けあきさんは、新境地でした。いやー、最高だった!!杜さんを観るためだけに観にいっても、悔いは無いと思います☆お勧め☆

田中ロウマさんは、似合ってたなあ。「RENT」のエンジェルより、こういう毒々しいキャラクターの方が似合うような気がしました。
次は、ふつうの男の子の役も観てみたいなあ。そして、この役は一度新納くんで観てみたい、かも(*^ ^*)。




マランドロたちは、Diamond☆DOGSのメンバー。
それぞれにキャラクターがあって、グループ芝居をしていたんですが。リーダーの東山さんを中心に、がんばってました♪ 回数を重ねれば、また盛り上がってくるんだろうなあ…。



娼婦たちは、小此木麻理、岡本茜、荒木里佳、JuNGLEの4人。それぞれに個性的なキャラ付けがあって、もちろん役に合わせて役者を選んだんでしょうけれども、すごいぴったりでした。
小此木麻理ちゃんが可愛くて巧くて、大人になったなあ~と感慨深かったです。ここ最近あまり観ていなかったのですが、やっぱり可愛いなあ♪
そして、お目当ての一人だった岡本茜ちゃんが、娼婦のあちこち剥き出しな(汗)衣装でずーっと居てくれて、とても眼福で幸せでした(はぁと)



物語としても面白く、実力者ぞろいで、よくできた作品でした。
アトリエ・ダンカン、最近面白い企画が続いてますね♪これからも期待しています(^ ^)



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