花組東宝劇場公演「太王四神記」について。



第9場 運命

母親・セームの死を知って取り乱すヨン・ガリョとヨン・ホゲを最後にライトが落ちて、
下手端に立ち竦むタムドクにスポット。


銀橋を歩きながら歌う「運命」の歌。

「今宵、たった一人の友達を喪った/心許せる友はもういない/孤独を抱いて生きていくのが運命だというのか……?」


父なる王は、タムドクに「王になれ」と言い聞かせて育てた。
父なる王は、タムドクにそれ以外のことは何も教えてくれなかった。

人は誰しも孤独なものなのだ、と。

心許せる友を得るためには、自分の一番大切なものを差し出しさなくてはならないのだ、と、

……そんなことは、なにひとつ。






冒頭のホゲとタムドクのラブラブな銀橋で、ホゲは言います。
「お前を疑うなんて、あるはずがない!」


ホゲには自信があった。
タムドクには負けない、という自信が。
あるいは、タムドクに負けても、俺は大丈夫だ、という、そんな根拠のない自信、が。


それは彼が、タムドクを信じていがから。
彼が嘘をついているはずがない、と。

だから、明るい瞳で言うことができる。
「俺がお前を疑うなんて、あるはず無い!」と。


でも、その言葉はタムドクにとっては鋭い刃だった。
彼は嘘をついている。初めて出会ったときから、言えずにいたことが、ある。
自分がチュシンの王だという預言を享けていること。
自分は運命の王だということ。


それでも彼は、ホゲが好きだった。
自分が彼に嘘をついていることを知っていても、
自分が嘘をついていることを彼が知ったら、きっと嫌われてしまうだろうと思いながらも、

それでもタムドクは、ホゲが好きだった。

明るくて、元気で、しっかりしていて、優しくて、強くて、かっこいい、

この世で一番のヒーロー、最高のカリスマを、愛していた。



「君が王なら」

それはどんなにか、素晴らしい王だろう。
素晴らしい世界を造ってくれることだろう。

だから僕は、そんな国の、
君が王として君臨し、支配する素晴らしい国の、
ただの普通の民になりたい。


それはタムドクの素直な思いで。
つまりそれは、ただ「僕は幸せになりたい」という、ただそれだけの呟きで。

それをタムドクは“ささやかな、なのに叶わない夢”だと思っている。



でも、それは間違いだ。
彼は“紛うことなきチュシンの王”なのだから。

タムドクは、全ての責任を放棄し、ホゲに押し付けて逃げだす幻想にとらわれている。責任から逃れることさえできれば、後はどうなってもいい、と。


責任がなければ、権利もないのだということに気づかない。
権利とは、威張り散らす権利とか、欲しいものを手に入れる権利とか、そういうことではなくて、
責任を取る覚悟と能力のない者には、守りたいものを守る権利も無いのだということに、未だ『守りたい者』を持たない子供な彼は、気づかない。




ヤン王は、まず最初にタムドクにそれを教えるべきだった。
「チュシンの王であることを秘密にしろ」と教える前に。
王として、臣下に弱みを見せてはならぬ、と教える前に。





「人を愛する心凍らせ/硬く冷たく氷のように生きていくことが運命なのか/それがチュシンの王だというのか…」




溜息のようにこぼれる、ハスキーなまとぶんの声がとても好きです。
彼の悩みは大きく間違っているんだけれども、誰も彼に「正しいこと」を教えてあげていないから仕方が無いんだろうなぁ……、と切なく思います。


彼は、今すぐにとって返して、親友に縋りつくべきなのです。
「すまなかった…お前を守るためには、こうするしかなかったんだ」と訴えるべきだ!



たとえそれでホゲが許してくれなくても、
たとえそれで、自分の真実をホゲに知られて更に嫌われる結果になったとしても、

それでも、一度はそこで縋りついておくべきだった。

そうしておくことで、たとえホゲとは決定的にダメになっても、次の出会いを大切に出来ただろうに。


でも、タムドクの歩みを留めるものは誰もいない。
唯一の心開ける相手、コ将軍も行ってしまった。



……そして、
銀橋を渉りきったところで、タムドクはキハに出会ってしまう。




少女のように純粋に、タムドクを心配するキハ。
タムドクを心配し、ただただ訳もわからずに許してしまう、キハ。

キハに闇雲に許されてしまったことで、タムドクは自分の傷を治す場を与えられてしまう。
そしてこの時、
他ならぬタムドクが縋りつく相手を間違えたときに、賢王と名将が一致協力して政を執る高句麗、という夢に到る道は完璧に閉ざされる。

チュシンの王が自ら「間違った道」に踏み込んでいく。



小池さんにはそんな意図は無いんでしょうけれども、
銀橋が、「この世」と「あの世」を繋ぐ橋、であるかのように見えてきます。
悩みながら、迷いながら、橋を渡って。
タムドクは、早くも「後戻りできないところ」にきてしまったのだ、と。




……そんなことを思いながら。
すごく不器用に、なのにものすごく幸せそうに、そっとキハを抱きしめるタムドクを観るたびに、「……まぁ、しょうがないか…」と思ってしまうのです。
そのくらい、まとぶんのこの一瞬に懸ける思いは凄いんだろうな、と。



で。
キハの年齢はタムドクよりだいぶ上のはずなんだけど、きっと火天会の魔術で年を取るのが遅くなっているってことでいいですか? (←納得)






第10場 セームの通夜

タムドクと別れたキハは、プルキルの手の中に落ちる。
“烙印の力”というのは、催眠術とは全然違うものなんでしょうか。……違うんだろうな、たぶん。よくわからないけど。

プルキルは、ヨン・ガリョ邸の宴で「チュシンの星の下に生まれたヨン・ホゲ」というセームの妄想(←事実ですけど)を吹き込まれている。とにかく『チュシンの王』を操って“4種の神器”を集めさせ、それによって“世界を支配する”という、……どっかの特撮ヒーローモノの悪役が、子供をさらいながら言いそうなネタを大事にしているプルキルがとても素敵です。

……でも、この場合の“世界”って、朝鮮半島のそれも北半分とかなんですよね?……狭いなあ(^ ^)。




紗幕があがって、母の棺に取りすがるホゲの場。

「母上が私のために国王を暗殺しようとしたなど…信じられません」


ホゲはこのときまで、自分が王にふさわしいと思っていたわけじゃないんですよね。
ただ彼は、『王にならなくてはならな』かった。
ただ、母の歓心を得るために。

だから今まで、あらゆる努力をしてきた。
王にふさわしい男になるタメに。



でも。
母が逝ったことでもその夢は醒めず、逆に彼女の夢が彼の義務になってしまう。
そして父もまた、セームの夢をかなえるために、今までよりも積極的に策略をめぐらすようになる。


……プルキルの狙いどおり、に。




大長老に操られ、タムドクと一緒に居たときとはまるで別人のような、美しいキハが、プルキルの先導で登場する。
紅い袖を翻して、“朱雀の神”に奉げる踊りを踊って、


「ヨン・ホゲ様こそ、紛うことなきチュシンの王!」



この言葉が、ホゲの理性を奪う。


今まで愛してきた(そして軽んじてもきた)タムドクに跪き、母の罪の許しを請う機会を、喪ってしまう。



自分がチュシンの王であるならば。

ならば、母の念願は正しいのだ。
母の行動は正当なもの。なぜならば、それは正しく“チュシンの王”を玉座に就けるための行動なのだから。


そんな言い訳をして、心を閉ざす。
タムドクの正義を認めない。
自分の庇護下を出たタムドクに、何が出来るものか、どうせ何もできないくせに、と思いこもうとする。

早々に誰かに苛められて、自分のところに泣きついてくるに違いない、と。



でも。
そんなことは、もう、あり得ない。

彼はタムドクが嘘を吐いていたことを知らなかった。
タムドクの真実を、見抜けなかった。

だから今まで彼を守ってきたのだし、彼に対する感情は尊敬ではなく、優越感の混じったものだった。

でも、今は知っている。
彼が自分を、欺いていたことを。

なぜ欺いていたのか、なぜ今まで何も言わなかったのか、胸倉を掴んで問い詰めればいいのに。
殴りつけて、蹴り上げて、「俺が王になったって、お前なんか知るもんかっ!!」と叫べばいいのに。


タムドクの裏切りは、ただ母を死に至らしめたことだけではない。
いやむしろ、母の死がどうこうよりも、今まで自分を欺いていたことにこそ怒りが沸いてくる。

母が死んだのは自分のためだ。
自分を玉座に座らせんと逸ったがゆえに、母は死んだ。
死ななくてはならなかった。

きっかけを作ったのはタムドクだとしても、
最終的に背を押したのはタムドクだったとしても、
罪を負うのはタムドク一人ではない。



でも。
自分を欺いてきた罪は、タムドク独りの罪だから。


「それが真の言葉なら/俺は正しく王位を得たい」


タムドクが投げ捨てたものを拾うのではなく、正式に認められたい。

タムドクより自分が王にふさわしい、と、
タムドクではなく、ホゲにこそ王になってほしい、と乞われたい。


友に裏切られた絶望の中、細い一筋の蜘蛛の糸に縋るように、炎の巫女の言葉に縋りついて。

「炎の巫女よ/俺の道を照らしておくれ」

俺の心に、光を与えてくれ、と、

……祈るように、叫ぶように、



瞳を闇に沈めたまま。




闇に沈んだホゲを、虎視眈々と狙う虎族の魔術師の存在を知りもせず、
……知ろうともせず、に。






どうでもいいことですが、天地新堂の大神官/絵莉千晶が、最初にヤン王の妃/初姫さあやに託宣を降すときの声とか、この場面でのキハの声とか、「神の詔」を伝えようとする巫女の声は素敵です。…怖いけど(^ ^;ゞ



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コメント

nophoto
reina
2009年2月25日18:13

みつきねこさま
はじめまして、いつも拝読しております。共感しつつもいつもコメントする勇気がなくて書き込まなかったのですが、今回は誰かと話したくても忙しくて出来なくてうずうずしていた中で、太王の宿命の記事を拝読してすべてに強く共感して思わず書き込みました。一つ違うのは、タムドクが平民になると言ったのは、小さい頃から帝王学を叩き込まれているので、無意識のうちに他人の下で存在することを考えられないのかと思っていました。入鹿と鎌足が並び立つことが出来ないように・・・
続き楽しみにしています。

みつきねこ
2009年2月26日2:56

reinaさま
はじめまして!コメントありがとうございますm(_ _)m。

>タムドクが平民になると言ったのは、小さい頃から帝王学を叩き込まれているので、
>無意識のうちに他人の下で存在することを考えられないのかと思っていました。

はい、そういう解釈も当然あると思います!(^ ^)
ただ、私は観劇していてそういう印象は受けなかったのですが……

私が受けた印象は書いたとおりで、理屈は何もないのですが……あえて理由を説明するなら、多分「僕は平民になる」と言ったときのタムドクが、あまりにも屈託なく「何がいいかなあ」と悩んでいるように見えたから、……でしょうか?
あるいは、武道大会の後にキハの手をとって逃げていくタムドクが、全くそういったプライドと無縁の人に見えたから、かもしれません。(←私の印象なので、お気を悪くなさらないでくださいね!)


実際、ホゲには「誰の下にもつくわけにはいかない」という思いが強くあったと思うんですよね。彼自身の望みかどうかはともかく、母の希望に応える孝行息子という立場として。

だから彼は、子供時代のように「君が王なら、僕は」とは言いませんでした。死の間際になるまで。
もしもタムドクが、ホゲ自身が言ったように「僕が王なら将軍になってくれ!」と頼んできたならば、なんと答えたのかなあ、といつも思います。…私の中で、まとぶんのタムドクが「僕が王なら」という仮定を口にだして言うことはないような気がするので、あまり意味の無い質問なのですが。

でもホゲは、もしタムドクが「僕が王なら将軍になってくれ」と頼んでくるようなタムドクだったならば、案外快く「ああ、俺が将軍になってやるよ!お前は頼りないからな!」って言ってあげられるんじゃないかな、と思ったりもします。
…タムドクがそんな人で、ホゲがそう答えてしまったら、ドラマにならないんですけどね(^ ^;ゞ。

nophoto
reina
2009年2月26日16:51

みつきねこさま
こんにちは
>「僕は平民になる」と言ったときのタムドクが、あまりにも屈託なく「何がいいかなあ」と悩んでいるように見えたから、……でしょうか?
この言葉かなり救われました(笑)。
いつもホゲ様しか見てなくて(見れなくて)、ホゲちゃまが本当になんの疑いもなく「お前を疑うなんて、あるはずがない!」って言ってるのになんで?悲しいなあと思っていたのです。本当にタムドクは子供なんですよね。でなければ、ホゲ様がかわいそすぎる。
>「ああ、俺が将軍になってやるよ!お前は頼りないからな!」
ママ死ぬ前だったら言ってそうですね。
いつも詳細な舞台報告で、周りが見れていない(笑)わたしにはありがたいです。
続きがますます楽しみです。

みつきねこ
2009年2月27日2:44

reina様

>いつもホゲ様しか見てなくて(見れなくて)、ホゲちゃまが本当になんの疑いもなく「お前を疑うなんて、あるはずがない!」って言ってるのになんで?悲しいなあと思っていたのです。

あそこでタムドクに拒否されたときに、ホゲ様一瞬顔を曇らせますよね?
ほんの一瞬ですけど、グッときます。そして、すぐにまた明るく笑うところが凄く好き(*^ ^*)。

>本当にタムドクは子供なんですよね。でなければ、ホゲ様がかわいそすぎる。

そう思います。タムドクは、まだ外の世界の広さを知らない子供なのだと思います。
だからこそ、愛されるんでしょうけれども……。