愛されたかった。
  誰かに愛されていたかった。
  私の希みは、ただそれだけ。(サラ・ベルナール)

「Hollywood Lover」の中で、ハリウッドを離れんとするステファーノ監督が朗読する台詞ですが。
これって、実際にサラの言葉として残っているものなのでしょうか?私は寡聞にしてこのエピソードを知らないのですが、どんなシチュエーションで言われた言葉なのかなあ…。

そして、映画「サラ・ベルナール」では、どんなシーンでこの台詞が使われたのでしょうか。
リーニュ公爵と別れた後?
でも、あの映画では、最後の車椅子の場面でもリーニュ公爵(とーやん)が出てくるので、別れていないんだよなあの二人…。うーん、映画をちゃんと観てみたいです(*^ ^*)。




一般的に有名なサラの名言としては、
「私は舞台の上で死ぬわ。舞台は私の戦場なんだから」
というのがありますが(…サラの言葉でしたよね?)、

ステファーノがイメージし、ローズに演じさせたいと思ったサラは、こういう女優ではなく、もっともっと生身の、恋に生き、愛に飢えたサラだったのでしょうか……。
それとも、その両面を持っているからこそ、のサラだったのかな?



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ローズ・ラムーアは、海沿いのヴィラで悲鳴をあげる。
クリムゾンに染まったSunsetを背に、

「あなたを愛してたから…!」と。


愛していたから、
愛しすぎていたから、
ひとときも離れられないほどに愛してしまったから、

だから……


ステファーノを喪うことが怖くて、
いつか喪うくらいなら、その前に投げ捨ててしまいたくて、

彼の前から逃げだしたのだ、と。



…消えることのない傷。

8年前、畏怖に負けて恋から逃げた、それが彼女の罪。
償いようのない、大いなる原罪。




「愛しすぎるより愛されるほうが楽でしょう?」


そう叫ぶ彼女を、今、一番苦しめているのは、
まさしく
『愛されなくなることへの恐怖』
である。


『私は怖くてたまらないわ。人から愛されなくなるのが。今手にしている全てが、明日には消えてしまうかもしれない…』

細い手首が折れそうに震える。

『…不安でたまらないの』

それを見凝めるステファーノの瞳が、揺れる。
「…リチャードを愛していたんじゃなかったのか…?」


ありのままの自分を
目をそらさず受け入れ
生きるしかない


そんなことは、彼にとっては当たり前のこと。
だから、当たり前のように恋人にもそれを求めた。


でも。


……ありのままの自分?
親に捨てられ
誰も信じられず
怯えてばかりで惨めったらしくて…
それがローラ・オズモンド、私の本名。

8年前から何も変わっていない、今の私。



細い肩を落として、少女に還った女優が項垂れる。


「陽だまりにまどろむことができない人間もいるのよ…」


恋人の期待に、応えられなかった自分を恥じて。




『愛する』ことも『愛される』ことも良く知っているステファーノには、解らないのかもしれない。
きっかけは何であれ、戦争に巻き込まれた家族のためにイタリアへ帰ることが当たり前にできた彼、には。

シチリアの家族関係は濃く、深い。
その濃密な人間関係の中で育った彼には、愛されることを知らないローラの真実は、理解できていなかったのかもしれない。


「少なくとも、俺を愛してはいなかった」

自分という存在が、どれほど彼女にとって『全て』であったのか、
彼女の『世界』の全てであったのか、
そんなことを露ほども理解せずに、彼は呟く。


「俺が君を愛したほどには…」


彼が本当のところを理解するには、多分、8年という年月が必要だったのでしょう。

8年前、恋人の上辺に翻弄されて、その内面を見抜けなかった、
それが彼の罪。



『彼は私に首ったけよ。ハリウッドの帝王に愛されて、嬉しくない女はいないわ』

瞳を逸らして、彼女は言ったのだろう。

『もう決めたことよ。あなたとは、もう終わり』


…彼女が瞳を逸らした理由に、気づかなかった、
それが、彼の、罪。




そうしてステファーノは、彼の犯した罪の償いを、彼自身ではなく、「ローズ・クリムゾン」と名付けた少女が負わされていたことに気づく。

閉じ込められ、抑圧され、「リチャードの夢」であることを強要された、生贄。

「彼女はアメリカの理想。美しい夢だ。」

それは真実。
でも、
夢は憧れられることはあっても、愛されることはない。



愛されることを切望したローラ・オズモンドは、
遠くから憧れを捧げられる、神聖な「夢」になる。

「夢」が抱く希みなど、だれも気にしない。



「必死で演じつつけたわ。アメリカ一輝いた女性ローズ・ラムーア」

なのに。

「なのに、やっぱり幸せにはなれなかった…」


…なれるはずが、ない。


自分の希みと現実がどんどん乖離していくのを、手を拱いてみているしかできない少女。
気がつけば、傍には誰もいない。

自分に夢しか見ていないリチャードと、そのリチャードしか見ていないレイ、そして何を考えているのかわからないカマラ、ただそれだけ……





祐飛さんはお茶会で、8年前にローズは18歳、ステファーノは27〜8歳くらい、と設定について仰っていらっしゃいましたが。

「愛」に餓えて育ったローラにとって、10歳近く年上の「大人の男」に愛される経験は、目も眩むような幸福と、そして不安がないまぜになったものだったのだろうなあ、とあらためて思いました。
彼女にとって、「ローズ・クリムゾン」という名前をくれた存在は、イコール「世界」だったのではないか、と。

ファンタジーでよくある「真実の名」をくれる魔法使いのように、
「ローズ」という名前を貰ったときに、ローラは自分の主導権をステファーノに明け渡してしまうのです。

その瞬間から、彼女は、彼なしで生きていくことができなくなってしまう。
彼の言うとおりに考え、彼の教えのとおりに生きて、
彼の望む女になる、それが、彼女自身の夢。




ステファーノ本人にとっては、「あの頃の俺は、まだぺーぺーだった。世間のことなど何も知らない、ただの若造」と語っている時代からそうは遠くないのでしょうけれども……





ステファーノへのあまりにも強い依存症に恐怖を感じた彼女は、いわば親離れを画策したんじゃないかと思うのです。

ステファーノ自身にはそんなつもりはなくても、ローズにとってのステファーノは、父であり、兄であり、恋人であり、世界の全てだった。
その親離れのきっかけに利用されたのが、リチャード。

でも、リチャードはローズの手に負える相手ではなかった。
過去を消され、「全米の夢」となることを強要されて。

せっかく貰った“真実の名”「ローズ・クリムゾン」は奪われて跡形もなく破壊され、「ローラ・オズモンド」はたわめられ、型にはめて成型されて。


ローズがもう少し大人だったら。
ローズが、もう少し我慢強くて、
「愛されること」よりも「愛すること」の方が、難しいけれども幸せになれることに気づいていたならば。

「愛されること」は、受け身でいればいいから楽な反面、「喪ったら生きていけない」と思った瞬間に精神的に崩壊してしまう脆さがあります。
「愛されること」は、相手がその気にならなくては無理で、自分の努力ではどうにもならないものだから。

反対に「愛すること」は、辛いことも多いですし、「かえりがない」ことに耐えられなければ無理なものなのですが。
「かえってくるものなどなくてもいい。自分が愛したいから愛するだけ」だと割り切ることさえできれば、精神的には安定します。それは、自分自身でどうするかを決めることができるからです。

ローズは、この物語の中でも、決して「愛する」ことを選んだわけではありません。
「ステファーノに」愛されることを選んだだけ。
いわば、8年前に戻っただけです。

同じことを繰り返さない保障は、ない。



ただ、リチャードと結婚したことが逃げだったことを認めて、その失敗と罪を自覚していることが8年前との違い。

愛されることを希むだけではなく、今度こそ、

…愛したい、と、思っているはず。


ありのままの全てを
ごまかさずにうけとめ
生きてゆきたい


ありのままの自分を、そのままさらけ出して。

こんなに愚かな私を、愛してくれる?
こんなに愚かな私が、愛することを許してくれる?


もう一度、愛した日々に。



もし。
もしも、リチャードにあそこまでの行動力がなかったら。
ローズが、断固として「契約終了」を盾にNY行きを拒否し、メキシコに向かっていたとしたら。

メキシコで落ち合って逃げた二人は、「めでたしめでたし」で幸せになったのだろうか…?

そんな疑問を、観劇するたびに弄んでいたのですが。

正直、どのみち幸せになるのは無理なんじゃ…、と思った日もありましたし、
メキシコに行かせてあげたかった…と心から思った日もありました。



ただ、ひとつだけ確かなこと。


ロッキー山中で発見されたローズの遺体は、
きっと、幸せそうに微笑んでいたことでしょう……。





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「Hollywood Lover」という作品の全体像については、夜野愉美さまが克明に書いてくださっているので、とりあえずTBさせていただきます。
http://blog.so-net.ne.jp/nights-entertainment_troup-leader/archive/20080127

っていうか、私の書くことなんて何も残らないような気が…(T T)。

……リチャードさんのこと、書けるかなぁ…(汗)。



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