天王洲の銀河劇場に、ミュージカル「ハレルヤ!」を観て参りました。


スタッフとキャストを聞いた瞬間に、これは行かねば!と思った作品は久しぶり。

大当たりでした。



日本を舞台にした、和製ミュージカル・コメディの名作、と言っていいんじゃないかと思います!(←大袈裟?)

和製ミュージカルも最近だいぶ増えてきつつはありますが、やはり「ミュージカル界」においては、まだまだ少数派の日陰者。
いちミュージカルファンとして、(宝塚の和物を含めた)日本をテーマにした作品を大事にしたいし、大事にできる作品が一つでも二つでも増えてほしい、という願いを、あらためて思い出しました。

■スタッフ
脚本:鈴木哲也&マキノノゾミ(劇団M.O.P)
演出:鈴木裕美(自転車キンクリート)

■キャスト
川平慈英(冴えない牧師)
山路和弘(謎の男)
山崎育三郎(教会の少年)
田中利花(笑顔を忘れたおばちゃん)
高谷あゆみ(〃)
山崎ちか(〃)
岡千絵(〃)


こ、こ、こ、濃いな…………(^ ^;ゞ。




舞台は昭和44年、東北の港町の小さな教会。

孤児で、教会で育てられた努(川平)と広志(山崎育)。
努は信仰深く真面目な牧師として教会を守り、礼拝のたびに一所懸命に“かみさま”の話をするが、なかなか理解してもらえず、悩んでいる。
教会を訪れるのは、週に一回の礼拝を集会所か何かと間違えている(^ ^;)、信仰とは無縁の、田舎生活に疲れ切った近所の主婦たち4人、だけ。

そんなある日。
一人のみすぼらしい服装の男がふらりと教会を訪れ、不相応な大金を献金して出て行く。

これをきっかけに、沸き起こる「嵐」。



ネタバレするのでストーリーには深入りしませんが、
……かなりぶっ飛んだ話ではあります(^ ^)。

宗教観、という非常に深いテーマと、このキャストが象徴する地に足のついたお笑いが、糾える縄のごとく絡まりあって、「昭和44年の東北」という時代空間に巻き付いて伸びている。
太い蔓草が隙間なくはりめぐらされた照葉樹林のような、生暖かくて、じめじめして、薄暗い、けれども「生き物」で満ち溢れた、嘘のない世界。


川平慈英さんが「生真面目で信仰深い牧師」を演じる、という時点ですでに笑えるのですが(^ ^)。

4人の“おばさんたち”の強烈さといったら、それはもう、例えようもないほどなのですが。



なんといっても、山路和弘さんのダンディな渋さと、それを顧みないぶっ飛んだキャラ立ちぶりには、惚れ直さずにはいられません。

山路さんといえば青年座の大スター、私にとっては「ファンタスティックス」のエル・ガヨが印象深かったりするんですが、
いやもう、本当にかっこいい〜!(*^ ^*)。

役は、さすらいのギャンブラー(競馬狂い)。食い詰めて、東北の寒村へ流れてきて。たまたま通りすがった教会で「祈れよ、さらば与えられん(だったかな?)」という掲示板のコトバを読んで。
…ふらっ、と中へ入って、祈ってみたら、大勝ちしちゃった!!

それで、「さあ、この教会で祈れば必ず勝てるぞ!ほら、俺を見てみろよ!」という騒ぎを起こすわけですが。

とにかく、話を動かすのはすべて彼=荒巻さん、です。
生活に疲れた“笑顔を忘れたおばちゃんたち”に秘策(教会で祈ってから馬券を買う)を授けて儲けさせ、「『信じる者』と書いて『儲かる』と読むのだ!」と説く。


「『祈り』は『お願い』ではなく、『感謝』であらねばと、慈英くんがプログラムに書いていらっしゃいますが。
荒巻さんの、「祈れば勝てる。勝てばお金が入る。お金があれば幸せになれる」という3段論法に、慈英くん=努さんは、真っ向から反論します。
「祈りはお願いではない」、と。


それは理念。
それは事実。

それでも。

「お金がなければ不幸になる」ことが現実の事実である場合に、いったい牧師はどうしたらいいのか。

お金がなければ、さびれたしもたやにしがみついた中年夫婦は、新しい商売を始めることもできない。

お金がなければ、身勝手な家族たちに振り回される主婦は、気晴らしすることさえできずに日々の雑務に追い回され、すり減ってしまう。

お金がなければ、亭主と死に別れて小学生の娘を育てる主婦は、上司のセクハラに文句も言えない。(当時は)

お金がなければ、核家族の新居を構えることもままならず、夫の実家に居候して舅や姑の奴隷も同然の生活に耐えるしかない。

お金がなければ、さびれつつある故郷を守るために、ホタテ貝の養殖法を研究したい、そのために大学へ進みたい、という夢も、諦めるしかない。


そして、極めつけ。
お金がなくて地代が払えなければ、神の家そのものが立ち退きをくらってしまう。



賭けろよ、と、荒巻は言う。
プライドなんて守っている場合か。お前には守るべきものがあるはずだ。それを守るために、金が必要ならば。そして、金を得る手段があるのならば。
手を伸ばして、それを取るべきだ、と。

賭けようよ、と、弟は言う。
だって、にいちゃんがいくら祈ってもあげられなかった“笑顔”を、荒巻さんはおばちゃんたちに取り戻し得あげたじゃないか。
あれが祈りの成就だ。違うのかい?



ダメだ、と牧師は叫ぶ。

「人はパンのみにて生くるにあらず。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」のだ。
信じる者は儲からない。なぜなら、多くを持つ者は天国の門をくぐれないからだ。得たモノを隣人と分け合わなくてはならないからだ。
祈りはもっと純粋なものであり、ギャンブル自体が禁じられているのに、その勝利のために祈るなんて、冒涜もいいところだ。



その言い争いを軸に、物語は進みます。
途中でいろんなことがあって、まぁ、ラストがハッピーエンドで終わるのはお約束、なわけですが(^ ^)。
でも、ずいぶん皮肉なエピソードもはさまれているんですよね。

コメディはコメディだけど、あくまでも“大人の”コメディだなあ、と思いました。
皮肉に溢れた、でも、心がじんわりと温かくなって、元気が出てくるラスト。


原作はヘンリー・スレッサーの「アミオン神父の大穴」。読んだことはないのですが、牧師と“ギャンブル狂”の二人に関する展開は、ラストまでほぼそのままのようです。
…おばさんたちや、牧師の弟は出てこないっぽいですが(^ ^;ゞ

物語としても物凄く面白かったので、ちょっと原作本を探してみようかなーと思っています♪




4人のおばさんたちは、予想以上の濃さ。
歌も芝居もダンスも!全員がハイレベルで、しかも、濃すぎるほど、濃い。
慈英くんにも山路さんにも、濃さで負けない、って、どんだけ濃いんだよ!!と突っ込みたいです。

そして。
大概のことには驚かないつもりでしたが、4人揃ってダルマ姿で出てきた時は本当に仰天しました……。
いや、岡千絵さんとか山崎ちかさんとかは眼福なんですけどっ!!
……いえ、あの、素敵でしたよ四人とも。さすがに現役の役者はボディラインも綺麗ですよねー!!っていうか、綺麗だったことが一番の驚き(^ ^;ゞ。




ぶっ飛んだキャスト陣と観客席をかろうじて繋ぎ、作品を「支えた」のは、実は山崎育三郎くんだったと思います。
歌も芝居もしっかりしていて、とても(子役時代を除けば)マリウスが初舞台だとは思えない落ち着きぶり。マリウスも良かったけど、今回の広志役は、彼にとっても勉強になったでしょうし、ミュージカル界全体にとっても、大きな財産になったんじゃないかと思います。

勿論、私にとっては、とっても大きな収穫でした☆

決して狭くない銀河劇場の空間を一人で埋める実力。
メインで芝居を動かしているキャラクターの呼吸を読んで、舞台の端から端まで動き回れる勘の良さ。

カッコよかったです、ホントに♪♪
当面、彼の芝居は優先順位をあげていきたいなーと思っています(*^ ^*)。



ちなみに。
「儲」という文字は、漢和辞典によると「信+者」ではなく、「人+諸」なのだそうです。……これって常識ですか?すいません(^ ^;ゞ





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