『蝶々夫人』。

あまりにも有名なプッチーニのオペラには、勿論原作があります。書いたのはジョン・ルーサー・ロング。彼は、日本に駐在した宣教師夫人(の弟?)から一人の日本女性の物語を聴き、それを本にしたのだといいます。

蝶々さん、という一人の日本の少女の物語を。


ミュージカル「蝶々さん」は、プッチーニのオペラからは離れて、一人の実在した「武士の娘」を主人公にして構成されています。
そしてそれは、彼女と関わる宣教師夫婦とその書生の物語でもあります…。


メインキャストは4人。
主人公の蝶々さん(伊東蝶)に、島田歌穂ちゃん。

コレル夫人にウタコ(剣幸)さん、
その夫、アーヴィン・コレル宣教師に戸井勝海さん。

そして、コレル夫妻の書生・木原青年に山本匠馬さん。
蝶々さんの夫・フランクリン少尉の妻ケイト夫人に小野妃香里さん。



歌穂ちゃんの旦那様でもある島健さんの音楽が優しくて、心にすっとしみこんでくる物語でした。

原作は市川森一さん、これを忠の仁さんが潤色して、演出は荻田浩一さん。
まぁ、荻田さん目当てで行ったようなものだったわけですが……



時は明治。1890年代(←またか)。
場所は長崎。
「武家の娘」である少女が、両親を亡くして花街に売られ、横笛で身をたてることになる。
向学心に溢れた少女は、宣教師として長崎に来ていたコレル夫人に英語を学ぶようになり、女学校へ進む夢さえ抱くようになる。しかし、彼女の「オーナー」の反対にあって夢は潰え、見合いでアメリカ人の海軍士官と結婚します。

夫の名は、フランクリン少尉。

…コレル夫人は、それをきいて一つの危惧を抱く。
フランクリン少尉が「蝶々さんを見初めた」というのは本当なのか?

コレル宣教師は、「長崎の結婚」(現地妻として形だけの結婚をする、売春の一形式)という噂を聞いていながら、疑念は抱きながら、それでも見て見ぬふりをする。


そして、わずか数ヶ月でフランクリン少尉の乗った船は本国へ戻り、蝶々さんが一人、慎ましい留守宅を守る…。



物語自体は、オペラ「蝶々夫人」とほぼ同じ展開を辿ります。
夫は帰ってこない。
便りもない。
そうこうしているうちにお金は底をつく。

子供を身籠もっていることに気づいた蝶々さんは、アメリカ領事館に行ってみるが、領事はおそらく真実を知っていながら、のらりくらりと逃げるばかり。

味方のいない蝶々さんの、唯一の味方であったコレル夫人も、領事から少尉には本国に妻があることを聞かされ、蝶々さんに対して秘密を抱く…。


そしてついに日清戦争が始まり、アメリカから軍艦が戻ってくる。
フランクリン少尉を乗せて、

そして、

その妻も共に…。





ロンドン・ミュージカルの名作「ミス・サイゴン」。
これが、オペラ「蝶々夫人」に題材を得ていることは有名ですが。
東宝の「ミス・サイゴン」のプログラムには、ある有名な写真が掲載されています。作者であるブーブリル&シェーンベルクが想を得た写真。あるベトナム人の女性が、今まさに本国の父親のもとへ旅立たんとする混血の息子と別れるために、悲嘆にくれた瞳でじっと子供を見詰めている写真。


すなわち。

「ミス・サイゴン」というのは、息子を喪う母親の悲しみをテーマにしたものだったのだと思います。
その課程で、キムを「初めて店に出た」少女に設定し、キムとクリスの「純愛」の末の子供、という説明を加えた。クリスは勿論独身で、キムを本国へ連れて帰るつもりだったのに、サイゴン陥落の騒ぎで離ればなれになってしまった、という設定までつけ加えて。



それに対して。
この「蝶々さん」は、「日本人女性の誇り」を中心軸とした物語でした。
「なにがなくとも、大切なのは誇り」と教えた蝶々さんの母親。
鍋島藩に仕える藩士としてとして誇り高く使命を全うし、暗殺に命を落とした父親。


「武家の誇り」。
士農工商という身分制度が崩れ去った明治時代にあって、なおこれだけの誇りを維持していたというのはすごいことだと思います。
父を喪い、困窮しても誇りは捨てなかった。常に「武家の娘」である自分を意識し、「名に恥じぬふるまい」を要求される毎日の中で、自分を高く維持することを課題に生きてきた蝶々さん。
その清々しさは特別なものだったのです…。



ウタコさんのコレル夫人。
凛として、でも優しい思いやりのある風情。
柔らかな声が、その優しさを見事に表現していたと思います。
21世紀の私たちに一番近いところで蝶々さんを見守り、私たちに彼女のことを教えてくれる人。狂言回しではなく、「語り手」。蝶々さんのことを語ってくれる人です。

そして勿論、この人がいなければこの作品は成立しなかったでしょう。
島田歌穂。

日比谷の帝国劇場(レ・ミゼラブル絶賛上演中)では、歌穂ちゃんのエポニーヌをみんなが待っているのに。
こんなところで、16歳から19歳までの3年間を演じる歌穂ちゃん。

…ウタコさんよりはさすがに年下だと思いますが。でも、もしかしてそんなに違わないんじゃ……?



…若いっ!!
宝塚月組の、ジョルジュくん18歳!?若っっ!!というのとは
、桁の違う若さですね…。
ま、歌穂ちゃんは「葉っぱのフレディ」なんかだと10歳以下の少年を演じちゃったりするからな…。

まぁ、ちょっと頭でっかちの子供っぽいスタイルであることも確かではありますが。
やはり表情の明るさ、可愛らしさ、元気さ、そして肌のキレイさ。
これですよね、歌穂ちゃんがいつになっても子役がやれるのは。



ウタコさんと歌穂ちゃん。
この二人の共演は、たぶん初めて観たと思いますが。
…似合いすぎ。雰囲気が良すぎです。
もっと他の作品も、このお二人のコンビで観てみたいです♪



ウタコさんの旦那さん役、戸井勝海さん。
「ジキル&ハイド」アターソンに引き続き、My髭でご登場。この人も年齢の割に若く見えるので、ウタコさんとのバランスを取ったのでしょうか。
「ジキル&ハイド」から殆ど間ナシでの本番だったのでどうかなあと思っていたのですが、納得の出番の少なさでした(笑)。
ただただ苦悩する夫人を背後から暖かく見守っている紳士、という役所(笑)
でも、歌は圧倒的ですね流石に…。久しぶりに美声を聴けて嬉しいです♪


フランクリン夫人ケイトの小野妃香里さん。
…ウタコさんよりよっぽど男顔で背も高くてすらっとかっこいい、声も低くて、絶対宝塚の男役だと思った!!って観客が何人も居たに違いない(笑)。
ケイトとしては2幕のラストしか出ないのですが、それとは別に、1幕から象徴的に背景を歩く役を仰せつかっていて、とっかえひっかえいろんな色の振り袖で舞台上を歩いていらっしゃいました。
この世のものとは思えぬ佇まいで、すごく印象的でした。


蝶々さんに片思いする青年役の山本匠馬くん。
…美形だ。芝居はまだまだ経験不足ですが(良い役なのに)、ま、成長を待とうかな、と思わせてくれる美貌でした。うん。
ご活躍楽しみにしています♪



小柄な歌穂ちゃんと山本くん、長身のウタコさん小野さん戸井さん(←戸井さんは決して大きくもないですが。ま、小柄ではないでしょう〜)。日本人チームとアメリカ人チームでちゃんと大きさが違うのはさすがだなあと思いました。



荻田さんの演出は、今回は硬め。
ストーリーがもの凄くしっかりしているので(有名だし)、それに沿ってごくごくシンプルに演出されていました。
ぽつんぽつんと毒を混ぜ込みつつ。

コレル牧師がちょっと役として物足りなかったのが残念。もう少し「コレル夫人」と「ケイト夫人」の間をつなぐじゃないですけど、「日本」と「西欧」両方を理解しつつ、両方から距離をおいた人物として描けていれば、ウタコさんももう少しやりやすかったんじゃないかなあ、と。
何もかもコレル夫人の肩にかかってくるので、大変だと思うんですよね、夫夫人としても、役者としても。


でも、いい公演でした。
ミス・サイゴンやオペラ『蝶々夫人』をいくら観ても決してわからない、「武家の誇り」。

誇り高く生きた少女、蝶。

歌穂ちゃんの、新しい当たり役にブロージット!

そしてウタコさんの、素敵な女性にもう一度!

北千住のシアター1010(センジュ)で、まだあと半月くらいやっています。
「ミス・サイゴン」やオペラ「蝶々夫人」のラストに納得できなかった方は、ぜひ一度ご覧になってみてくださいませ……




コメント

nophoto
はにはに
2007年6月14日10:09

お久しぶりです。

24日に観に行きますよーー
キャストをみて、すぐにチケットを購入したのですが
(シアター1010にも興味あり!)
ますます楽しみになってきました。有難うございます。

で、「大坂侍」観ましたか?
あまりに面白くて石田先生久々にヒットだと思いました。
そういえば、昔「竜馬!」をバウに観たときもそう思った気がする。
泣きながら笑いながら、キリヤンのカッコよさに酔いました。
13日にみきちゃんとまみちゃんが揃って観に来たそうで、
キリヤン、絶好調だったと思います〜♪

みつきねこ
みつきねこ
2007年6月15日0:23

大坂侍…………(号泣)。



私も24日にシアター1010行きます♪
楽までにはお芝居も思いっきり深化しているでしょうね。楽しみです!!