Kiss Of The Spider Woman
2007年1月24日 ミュージカル・舞台 コメント (5)もう大分前のニュースなのに今更、という感じですが。
1996年に日本初演され、1998年に「日本最終公演」が行われた、ある意味伝説のミュージカル「蜘蛛女のキス」が
…ついに再演されるんですね。
私はこれ、ハロルド・プリンス演出の初演をアートスフィア(知らないうちに名前が変わってた!ホリプロ運営になっていたなんて…吃驚!!)で観て、衝撃のあまり寝込んだ記憶があります(苦笑)。
その後、二人芝居版も観て、原作(の翻訳)も読みましたが。
…やっぱり、今でもミュージカルを観た時の衝撃が忘れられません。
最初は小説として書かれ、映画と舞台になって、ミュージカルにもなった物語。
それぞれのメディア特性に合わせて様々な改変がなされていますが、どのメディアも成功している、というのは非常に珍しいケースなんじゃないかと思います。
それだけこの原作の力が大きかった、ということなのでしょうね。
…それとも、最初に出会ったのが小説だったとしたら、やっぱり映画も舞台もましてやミュージカルなんて、「あり得ない!」モノだったのかしら…。
もし「蜘蛛女のキス」を、先に小説を読んでから舞台(または映画)を観たよ、という方がいらっしゃいましたら、こっそり感想を教えてくださいましm(_ _)m
監獄の二人部屋に閉じこめられた二人の男、モリーナとヴァレンティン。
原作にも、お芝居にも、「オーロラ」というキャストは出てきません。(映画には出ているのかな…?)オーロラが『主役』として扱われるミュージカルでさえ、物語の主筋は、現実と非現実の境界線上に佇む二人の男、なのです。
ゲイである自分を認めて貰えず、映画の世界、美しい夢の中に逃避し、閉じこもろうとするモリーナ。
自分が存在する現実を現実として認められず、より良い時代、という夢に逃げ込んで、“革命”という大義名分のもと、暴力を駆使するヴァレンティン。
二人の男は、「監獄」という名の閉鎖空間に、閉じ込められていると同時に『閉じこもって』いるのです。
そしてモリーナは、ヴァレンティンに「夢」を語り続ける。
語っている間は、その「夢」に浸っていられるから。
そしてヴァレンティンは、モリーナの話を聞きたがる。
その世界の中になら自分の居場所があるのかもしれない、と思うから。
そうして彼らは、自己紹介ではなく、映画の話をし、その話を聞く中でお互いのことを知り、
そうやって、知らなかった自分の真実をも知り始める。
私は映画を見ていないので語れませんが、この、同じ作品を原作とした芝居とミュージカル、二つの作品において、ストーリーの骨格はさほど変わりません。
お芝居は二人の対話で進められ、ミュージカルは音楽で進められていくところが最大の違いかと思います。
もちろん、『オーロラ』という存在をキャストとしておくことで「幻想」と「現実」の境界を溶かしてしまったミュージカルと、あくまでも「二人の男」の物語として組み立てたお芝居とでは話法もかなり違いますが。
でも。
やっぱり、音楽の力というのは凄いものだ、と感心してしまいます。
遠くにある愛する人を想う「Dear One」の美しさ、革命歌というべき「Day After That」のもつ純粋で強烈な熱、テーマ曲「Kiss of the Spider Woman」の強烈な存在感(…コムさん、がんばれ…)、
そして、モリーナとヴァレンティンが終盤に来て歌う「Anything for Him」。
「(奴は)何でもするさ、俺のためなら」
「(あたしは)何でもするわ、彼のためなら」
そう呟く二人は、このとき初めて対等になってお互いを見詰めるのです。お互いがお互いを裏切ることを決めた、この時に。
この「Anything for Him」のメロディが。
甘い甘いラブソングにしか聞こえないところが。
この作品の、一番の痛いポイントだと思うのです…。
自分がなじめない「現実」を否定して、現実逃避の結果としてのテロを『革命』と名付け、その罪を自覚しながら他人を利用し、傷つけることを厭わないヴァレンティン。
「現実」になじめない自分を否定すしつつ、優しさと弱さの区別もつかない、ただただ他人に与えることしか知らないモリーナ。
二人の選ぶ結末は、あっさり消化できないからこそ、いつまでも棘のように心に残る。
単純に愛したのでもないし、単純に裏切ったのでもない。
二人とも、お互いに、それしか選べなかった。
それだけのこと。
だから、辛い。
だから、痛い。
荻田さんがこの作品を演出する。
この痛い作品を、荻田さんが!?
…いったいどうなるんだろう。
また私、寝込むんじゃなかろうか…。
世界に冠たるハロルド・プリンスの、虚仮威しに近い装置(でも、あの閉塞感を出すには必要なセットだったのかも)や、刻々と移り行く不安定な照明による昏いエネルギーに満ち溢れた演出とは、多分まったく違う世界観になるのでしょうね。
荻田さんって、外部のオリジナル作品では、登場人物の内面に入り込みすぎて観客を置いていってしまうことがあるのですが、このミュージカルは、内面描写を他人(オーロラ)を介して表現し、観客をその狂気に巻き込んでいくところが眼目なので。
その構造を生かして、観客に伝えたいこと…いえ、観客に『読み取らせたいコト』を整理して演出してくれたらいいなあ、と思っています(エラそうですみません!)
ミュージカルでない、二人芝居の方は、村井(国夫)さんと岡本(健一)さん再演と、山本(亨)さんと高橋(和也・元男闘呼組)さんの2回観ているのですが。
細かいところはあまり覚えていませんが、ミュージカル以上に濃くて胸が痛む展開に、「宝塚でやるなら(←やらないから)、絶対ケロ(汐美真帆)さんのモリーナにユウヒ(大空祐飛)さんのヴァレンティンだな、と思ったことだけは覚えています。
(もう少しまともなコトを覚えましょう)
…「日本最終公演」からももうすぐ10年。実際に公演をご覧になっていない方も多いと思います。
ですので、あえてキャストの話は、今はしません。
ただ、マルタ(ヴァレンティンが愛する女)について少しだけ。
あれって案外難しい役なんですよ。非常に複雑な人物なのに出番が少ないという難役。
初演の大浦みずきさん、再演の麻生かほ里さんはいずれもダンサーで、「マルタ」というより「オーロラの代役」という感じがしてしまって…重要な役だけに、唯一不満が残ったキャスティングだったのでした。
なので、今回カヨコ(朝澄けい)さんがキャスティングされていると聞いて、とても楽しみです。2006年3月の「アルジャーノンに花束を」で久々に拝見した彼女ですが、あの透明感と立ち姿の綺麗さ、存在感のある声があれば、幻想と現実の両方に存在する「マルタ」という女性がちゃんと立ち上がるかもしれない、と期待しています。
まぁ、逆にカヨコさんにオーロラ役をやれって言っても無理なので(苦笑)。たとえカヨコさんの「マルタ」が大浦さんのより良かったとしても、それは役者としての価値の話ではなく、合う役合う役者がいるってことですので、どうぞ誤解のなきようm(_ _)m。
大浦さんは、マルタよりやっぱりオーロラを観たかった!!いえ、過去形ではなくて今も観たいです、真剣に。いつか演じてくれるといいなあ。
勿論、コム(朝海ひかる)さんも楽しみですよ♪
ただ、人間外の役を得意とするコムさんですが、オーロラって本来はモリーナが語る映画のヒロインで、「実はそれが蜘蛛女」っていう…最初から人間外じゃないんですよね、あれは。
どうなるんでしょうね、いったい(笑)。正直、見当もつきません。
とりあえずは、観にいくしかないよなあ、コレ…。チケットあるんだろうか…。
1996年に日本初演され、1998年に「日本最終公演」が行われた、ある意味伝説のミュージカル「蜘蛛女のキス」が
…ついに再演されるんですね。
私はこれ、ハロルド・プリンス演出の初演をアートスフィア(知らないうちに名前が変わってた!ホリプロ運営になっていたなんて…吃驚!!)で観て、衝撃のあまり寝込んだ記憶があります(苦笑)。
その後、二人芝居版も観て、原作(の翻訳)も読みましたが。
…やっぱり、今でもミュージカルを観た時の衝撃が忘れられません。
最初は小説として書かれ、映画と舞台になって、ミュージカルにもなった物語。
それぞれのメディア特性に合わせて様々な改変がなされていますが、どのメディアも成功している、というのは非常に珍しいケースなんじゃないかと思います。
それだけこの原作の力が大きかった、ということなのでしょうね。
…それとも、最初に出会ったのが小説だったとしたら、やっぱり映画も舞台もましてやミュージカルなんて、「あり得ない!」モノだったのかしら…。
もし「蜘蛛女のキス」を、先に小説を読んでから舞台(または映画)を観たよ、という方がいらっしゃいましたら、こっそり感想を教えてくださいましm(_ _)m
監獄の二人部屋に閉じこめられた二人の男、モリーナとヴァレンティン。
原作にも、お芝居にも、「オーロラ」というキャストは出てきません。(映画には出ているのかな…?)オーロラが『主役』として扱われるミュージカルでさえ、物語の主筋は、現実と非現実の境界線上に佇む二人の男、なのです。
ゲイである自分を認めて貰えず、映画の世界、美しい夢の中に逃避し、閉じこもろうとするモリーナ。
自分が存在する現実を現実として認められず、より良い時代、という夢に逃げ込んで、“革命”という大義名分のもと、暴力を駆使するヴァレンティン。
二人の男は、「監獄」という名の閉鎖空間に、閉じ込められていると同時に『閉じこもって』いるのです。
そしてモリーナは、ヴァレンティンに「夢」を語り続ける。
語っている間は、その「夢」に浸っていられるから。
そしてヴァレンティンは、モリーナの話を聞きたがる。
その世界の中になら自分の居場所があるのかもしれない、と思うから。
そうして彼らは、自己紹介ではなく、映画の話をし、その話を聞く中でお互いのことを知り、
そうやって、知らなかった自分の真実をも知り始める。
私は映画を見ていないので語れませんが、この、同じ作品を原作とした芝居とミュージカル、二つの作品において、ストーリーの骨格はさほど変わりません。
お芝居は二人の対話で進められ、ミュージカルは音楽で進められていくところが最大の違いかと思います。
もちろん、『オーロラ』という存在をキャストとしておくことで「幻想」と「現実」の境界を溶かしてしまったミュージカルと、あくまでも「二人の男」の物語として組み立てたお芝居とでは話法もかなり違いますが。
でも。
やっぱり、音楽の力というのは凄いものだ、と感心してしまいます。
遠くにある愛する人を想う「Dear One」の美しさ、革命歌というべき「Day After That」のもつ純粋で強烈な熱、テーマ曲「Kiss of the Spider Woman」の強烈な存在感(…コムさん、がんばれ…)、
そして、モリーナとヴァレンティンが終盤に来て歌う「Anything for Him」。
「(奴は)何でもするさ、俺のためなら」
「(あたしは)何でもするわ、彼のためなら」
そう呟く二人は、このとき初めて対等になってお互いを見詰めるのです。お互いがお互いを裏切ることを決めた、この時に。
この「Anything for Him」のメロディが。
甘い甘いラブソングにしか聞こえないところが。
この作品の、一番の痛いポイントだと思うのです…。
自分がなじめない「現実」を否定して、現実逃避の結果としてのテロを『革命』と名付け、その罪を自覚しながら他人を利用し、傷つけることを厭わないヴァレンティン。
「現実」になじめない自分を否定すしつつ、優しさと弱さの区別もつかない、ただただ他人に与えることしか知らないモリーナ。
二人の選ぶ結末は、あっさり消化できないからこそ、いつまでも棘のように心に残る。
単純に愛したのでもないし、単純に裏切ったのでもない。
二人とも、お互いに、それしか選べなかった。
それだけのこと。
だから、辛い。
だから、痛い。
荻田さんがこの作品を演出する。
この痛い作品を、荻田さんが!?
…いったいどうなるんだろう。
また私、寝込むんじゃなかろうか…。
世界に冠たるハロルド・プリンスの、虚仮威しに近い装置(でも、あの閉塞感を出すには必要なセットだったのかも)や、刻々と移り行く不安定な照明による昏いエネルギーに満ち溢れた演出とは、多分まったく違う世界観になるのでしょうね。
荻田さんって、外部のオリジナル作品では、登場人物の内面に入り込みすぎて観客を置いていってしまうことがあるのですが、このミュージカルは、内面描写を他人(オーロラ)を介して表現し、観客をその狂気に巻き込んでいくところが眼目なので。
その構造を生かして、観客に伝えたいこと…いえ、観客に『読み取らせたいコト』を整理して演出してくれたらいいなあ、と思っています(エラそうですみません!)
ミュージカルでない、二人芝居の方は、村井(国夫)さんと岡本(健一)さん再演と、山本(亨)さんと高橋(和也・元男闘呼組)さんの2回観ているのですが。
細かいところはあまり覚えていませんが、ミュージカル以上に濃くて胸が痛む展開に、「宝塚でやるなら(←やらないから)、絶対ケロ(汐美真帆)さんのモリーナにユウヒ(大空祐飛)さんのヴァレンティンだな、と思ったことだけは覚えています。
(もう少しまともなコトを覚えましょう)
…「日本最終公演」からももうすぐ10年。実際に公演をご覧になっていない方も多いと思います。
ですので、あえてキャストの話は、今はしません。
ただ、マルタ(ヴァレンティンが愛する女)について少しだけ。
あれって案外難しい役なんですよ。非常に複雑な人物なのに出番が少ないという難役。
初演の大浦みずきさん、再演の麻生かほ里さんはいずれもダンサーで、「マルタ」というより「オーロラの代役」という感じがしてしまって…重要な役だけに、唯一不満が残ったキャスティングだったのでした。
なので、今回カヨコ(朝澄けい)さんがキャスティングされていると聞いて、とても楽しみです。2006年3月の「アルジャーノンに花束を」で久々に拝見した彼女ですが、あの透明感と立ち姿の綺麗さ、存在感のある声があれば、幻想と現実の両方に存在する「マルタ」という女性がちゃんと立ち上がるかもしれない、と期待しています。
まぁ、逆にカヨコさんにオーロラ役をやれって言っても無理なので(苦笑)。たとえカヨコさんの「マルタ」が大浦さんのより良かったとしても、それは役者としての価値の話ではなく、合う役合う役者がいるってことですので、どうぞ誤解のなきようm(_ _)m。
大浦さんは、マルタよりやっぱりオーロラを観たかった!!いえ、過去形ではなくて今も観たいです、真剣に。いつか演じてくれるといいなあ。
勿論、コム(朝海ひかる)さんも楽しみですよ♪
ただ、人間外の役を得意とするコムさんですが、オーロラって本来はモリーナが語る映画のヒロインで、「実はそれが蜘蛛女」っていう…最初から人間外じゃないんですよね、あれは。
どうなるんでしょうね、いったい(笑)。正直、見当もつきません。
とりあえずは、観にいくしかないよなあ、コレ…。チケットあるんだろうか…。
コメント
>ケロ(汐美真帆)さんのモリーナにユウヒ(大空祐飛)さんのヴァレンティン
に、思い切り反応しました。
ソレ観たい。観たかった……っ!!
はじめまして!みつきねこです。コメントありがとうございますm(__)m。
そーなんです!歌もダンスもないドロドロのドラマですけど、宝塚でやるなら汐美&大空しか考えられない…。それこそ、荻田演出のOG特出バウとかでやってくれませんかねぇ(笑)
緑野さまのブログ、いつも読ませていただいています!これからもご活躍、楽しみにしていま〜す!
>大浦さんは、マルタよりやっぱりオーロラを観たかった!!いえ、過去形ではなくて今も観たいです、真剣に。
みつきねこさま、鋭いですね!
大浦さんは確かにオーロラの代役でした。ある時、私は楽屋に知人としかもすごく中途半端な時間に参りましたの。
実際の観劇時間よりも数時間前だったので、久しぶりに私と会うからゆっくり話そうとしてるのねと思ったら大きな間違い!
なんとその日は契約で派遣されているブロードウェーからの管理人(キレイな女性でした)に代役が正しく機能できるかを見せる日だったのです。
私はなつめさんのオーロラを楽屋のモニターですが全部見せて戴きました。あの鳥かごから出てくるなつめさんのカッコよくて素敵だったこと!!!!
代役公演して欲しかったなぁって思いました。
その数時間後にターコさんでも見ましたが、なつめさんで脳内変換されてしまい、予定外にもう一度ターコさんで別の日に観たんですわ。とほほ
遅ればせながら、初めてコメントいたします。
こんにちは!
緑野さんのLINKからやってきました。
「ふむふむ」と楽しく拝見しています。
どうぞ宜しくお願いします(ぺこぺこ)
本当に突然で大変失礼しました。
はじめまして!コメントありがとうございますm(_ _)m。
いいなあ〜、大浦さんのオーロラをご覧になったなんて
本当に羨ましい! 一回くらい新人ならぬ代役公演をやって
欲しかったですよねぇ(涙)。
ターコさんのオーロラは完璧だったし、さらにナツメさんの
幻のオーロラもあるんじゃあ、コムさんも大変だぁ〜。
でも、「最終公演」って言われていたものが再演されるの
ですから、いつかナツメさんも演じてくださるかも!!
とにかく、今はこの作品が観られることが嬉しくてなりません。
コムさん、がんばれ〜!!