千秋楽を目前にした雪組公演を(だいぶ前に)観劇したときの感想を、今更?と思いつつ、書いてみたいと思います…。



堕天使の涙。
植田景子さんの作品、実は結構好き。
大劇場作品は「シニョール・ドンファン」くらいしか観てないけど、私にしてはかなり通った作品だし、今回の「堕天使の涙」も脇筋のエピソードはどれも気に入りました。

壮ちゃんとひろみ(彩那音)ちゃんのエピソードしかり、キム(音月桂)ちゃんと大月さゆちゃんのエピソードしかり。
どっちもリアルな人間味があって、でも救いもあって、とても良かったと思う。役者も嵌ってたし。

ただ、今回は主筋であるべき水くんジャン・ポールとまゆみ(五峰)さんのエピソードが弱くて、さらに「堕天使ルシファー」の気持の変化がとってつけたようだったのが、ちょっと残念だなあ、と。

まぁ、あれはまゆみさんのお芝居次第なのかなあ、とも思いましたが…。

とりあえず、水くんをマザコンにした意味がよくわからんかった(汗)


コムちゃんは、ちょっと勿体ない使い方だったな、と。
彼女はもっと「誘い込む」ような振りをつけてあげた方が映えるのに。

能動的に水くんを「目醒めさせる」「迷わせる」んじゃなくて。
世の中を「変えよう」とするんじゃなくて。

せっかくこういう題材(「堕天使」)なんだから、コムちゃんには、あくまでも受動的な存在でいてほしかったんです。

何もアクションしなくても、その存在自体が人を惹き付ける、そんな希有な人なんだから。
その希有な資質をそのまま使えば、それだけで十分「堕天使」になってくれたと思うのに…。

作りすぎちゃうなんて、もったいない。

それが最初の感想でした。



…腐女子で大変申し訳ないようなコメントですな、我ながら(^ ^;ゞ

でも素敵だったあ、コム水の青薔薇のダンス  ☆ポ☆

でも、普通の観客が求めているのは水コムであって、コム水じゃな……

もとい。

コムちゃんはやっぱり、Rossoが良かったな、と。


強引に結論づけてみたりして(笑)。


まー(舞風りら)ちゃんは、ネットではイロイロ言われているみたいですが、私はものすごーーーく良い役だったと思いました。

こんなに良い役貰うの、まーちゃんは初めてじゃない?ってなくらいに。

出番が少なくっても、
衣装が寂しくても、
台詞が少なくっても、

作品の要となる役だもの。


リリスがいなければ、作品自体が成立しない。


「最後にこんな良い役がきてよかったね」
そう思うのは、私が「長年のまーちゃんファン」ではないからなのでしょうか…。



景子さんの最大の欠点は、余分な説明台詞が多くて観る側に想像の余地を残さないところな訳ですが。

「堕天使の涙」は、最後のノエルというものすごい不要場面がありますが、それ以外の普通の場面での台詞はたいぶ洗練されて、景子さんも随分良くなったなー、と思いました。

特にリリス。今までの景子さんなら、「許します」の場面あたりで何か余計なコメントをさせてしまいそうでしたが、今回はそこが凄くキマってて、私はとても気に入りました。

これで、光のパ・ド・ドゥで終わらせることさえできれば、景子さんも「演出家の名前で人が呼べる」人の仲間入りなんじゃないかと思いますけどね…。

観ている側にちゃんと伝えられたかどうか、
観ている側がちゃんと受け止めてくれたかどうか、
それが不安で、信じ切れない人なんだろうな、きっと。


…残念です。


もう一つの欠点は、つい脇筋のエピソードに燃えて(萌えて?)しまって全体の骨格づくりをおろそかにしがちなところ。

私みたいな腐女子には歓迎すべき欠点かもしれませんが(汗)

「そんで地獄の舞踏会はどうなったわけーーーー!?」って
思ってしまう観客がいるところが残念なんですよね…。

私はあまり、そういうのは気にしない方なので。

…それはホラ、腐女子だから。

そういう結論ですか。そうですか… >自分。




タランテラ。
荻田さんは、ほとんどの作品を観ている、と、思います。
出演者の名前に関係なく、「多少無理ををしてでも観に行くぞ」と決意させてくれる作家のひとり。

外部の作品には微妙なものもありますが、宝塚の作品で、私にとって「はずれ」なものは、今のところ一つもない。
それは素直に凄いなーと思います。

…私が腐女子だからなのかなあ…。

ただ、荻田さんのショーっていろんな人がいろんなところでいろんなことを同時にしてくれるので、贔屓組じゃなくて一回しか観ないとなると、なかなか全貌がわからないんですよね。

なので、感想を書くのはやめておきます。


ただひとつ。

コムちゃん、素敵よっ☆

アルバトロスのコムちゃんよりも、
堕天使のコムちゃんよりも、
私は、タランテラのコムちゃんの方が好きです。

「待っている人」だから。

待っている時のコムちゃん。
誘いをかけて、その人が墜ちてくるのを薄笑いを浮かべて待っている時のコムちゃんが

わたしはすきです。

「惚れているから」
「恋してしまったから」

そんな、「理由」なんてなにもいらない。

だってコムちゃんは、人間じゃないから。

人間に理解できるような存在じゃないから。


もっと遠いもの。
遠いところで微笑んでいるもの。

それが、ふと地上に目をとめて、
ふとウィンクをする。

それだけで、ヒトは月に恋をするの。

月に恋したヒトは、必死で月へ近づこうとする。
自分のものにしょう、と思うヒトもいる。
ただ近くへいきたい、と思うだけのヒトもいる。

そんな「かれら」を、ただじっと眺めている月が、

私は好きなんだ、と。


そんなことを考えてしまったショーでした。

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